第2章第9節「地続きの天国と地獄」

「さがってろ。あいつの目当てが俺なら、俺が相手をする」

 一度シグナスに助けられたのなら、今度は彼自身で身を守る番だ。いくら招かれた客人とはいっても、守られてばかりでは格好もつかない。

 彼は魔剣デスペナルティではなく魔剣ライフダストを手元に召喚する。やはり扱い慣れた魔剣の方が、戦いを有利に運ぶことができるだろう。

「はぁ、さがるのはお前の方だ。このバカ」

 既に桜井は前へと進み出しているが、シグナスは一切彼に同調しない。彼女は彼女で左手に魔法の矢を喚び出し、右手に持っていたクロスボウへ乱暴な勢いで矢を装填する。

 だが戦いの火蓋は切って落とされている。ギルザードはヘルメットを生成し、戦闘態勢へと移行した。

「おぉ見物ですよヴェロニカ、はやくポップコーン買ってきて!」

「やだよ見逃しちゃうじゃん!」

 ギルザードが装備している魔導骨格は、着用者の身体能力を底上げする。重厚な鎧とは思えないほど素早い身のこなしで距離を詰め、前へ出てきた桜井へ襲いかかる。ギルザードが繰り出したのは魔導骨格に内臓されたエネルギーブレードを展開した斬撃。桜井が斬りかかった魔剣ライフダストとも渡り合える出力を持ち、ギルザードは片腕の光刃で魔剣を受け止める間にもう片腕に噴射させた光刃で斬りつける。

「ほらこっちがお留守だぞ」

 桜井は咄嗟に後退すると、光刃は焼けこげた地面を斬り取った。桜井よりも一回り大きい体躯から繰り出される攻撃は大振りだが、それでいて素早い。生身の人間と魔導骨格が生む戦力差は明らかだ。

 とはいえ、桜井とてDSRのエージェントである。トレーニングにおいてはそうした仮想敵とのシュミレーションを行ってきた。魔導骨格の両腕から伸びる二本の光刃を受け流しつつ、機を窺おうとする。

「巨人の如く魔導骨格に挑むは、DSRのエージェント! 何を隠そう、彼はあの魔剣ライフダストと魔剣デスペナルティを持つ男、これには期待できそうですよヴェロニカ」

「意外と粘ってるねぇ。でも相手が二刀流なら桜井も二刀流でやればいいのに……ひょっとして余裕だったり?」

 実況のセレサとヴェロニカの解説通りに桜井の立ち回りはしぶとく、二刀流の光刃で攻め立てるギルザードは歯噛みしていた。経験上、本来なら魔導骨格のパワーとスピードがあれば、並大抵の騎士も簡単に制圧できる。が、目の前のDSRエージェントは巧みに光刃を避け、隙を見極めようとしているのだ。

 トレーニングだけでなく実戦においても、桜井は機械体と戦ったことがある。カルマ・フィラメント博士は肉体のほとんどを機械に換装していたが、ギルザードはあくまでも外骨格を装備しているだけに過ぎない。あの時とは違い、弱点を見つけることができるはず────

 二刀流のエネルギーブレードによる攻撃を躱しながら、魔剣の細長い刀身を活かして何度か骨格を斬りつける。すると、ボディにはやはり傷を残すことができた。魔剣を火花に変えて攻撃し続ければ、チェーンソーのように骨格を切り刻むことも可能だろう。

 しかし、互いの攻撃は激しく魔剣を火花に変えるだけの隙がない。おまけに地面は土であるため、地面を掠めた斬撃で火花を飛ばすこともできない『はず』。魔剣を直接火花に変えるとどうしても桜井は無防備になってしまう。相手を怯ませることができればいいのだが、彼は攻めあぐねていた。

 ──そして、外骨格だからこそのメリットがあることを、桜井は知らなかった。

「芸達者だな。俺も負けてはいられん」

 ギルザードは強引にエネルギーブレードを魔剣に噛ませると同時、なんと魔導骨格からひょいっと抜け出す。そうすることで腰に差した剣を抜き、更なる追撃を仕掛けたのだ。驚いた桜井はすぐさま魔剣を滑らせてエネルギーブレードを逸らし、ギルザードの剣と斬り結ぶ。

「ッ!」

 その上、ギルザードが離れた後も魔導骨格は自律し、二刀流のエネルギーブレードで突撃してくる。桜井はギルザードの剣を振り解いて飛び退くと同時、手にしていた魔剣ライフダストを投げつけた。ギルザードがそれを弾こうと剣を振るうも、、彼をその場に押し留めた。その間にも突撃する魔導骨格に、飛び退いた桜井は両手を合わせて振りかぶる。再び魔剣デスペナルティを握り込み、その大ぶりの斬り払いでエネルギーブレードを食い止めることになんとか成功した。

 ギルザードは桜井が残したが持つ魔剣ライフダストと幾度か斬り合い、やがて分身を斬り伏せる。すると魔剣ライフダストも火花になって飛び散った。敵を見失いキョロキョロと辺りを見回すと、魔導骨格と斬り合う桜井本人を見つける。彼の手には黄金の魔剣が握られ、今のは黒鉄の魔剣が作った幻影だったらしい。

「ヴェロニカ今の見ましたか? 分身を作ってもう一本の魔剣を使わせるなんて、あれも魔剣の力? アルカディアの守護聖剣でもあんなの見たことないですよ」

「魔導骨格を使って二人一組で攻めるなんてズル、って思ったけど。桜井もあれができるなら、これも疑似的な二対二ってやつ?」

 実況の通り両者の疑似的な連携攻撃は、拮抗していた戦況を大きく覆すこととなった。

「ほらほらどうした? もうネタ切れなんて言わないよな」

 二人一組による猛攻はそれだけに終わらず、ギルザードは魔導骨格を足場にし、上空から斬りつけてくる。その間にも、魔導骨格は地上を突き進み彼が作った隙を容赦なく叩き潰そうとした。

 対する桜井はもはや防戦に徹するほかなかった。彼は魔剣が生む火花を操ることができたが、未だ制御しきれてはいない。のだが、現状の彼ではまぐれを二度起こすことはできなかった。

 次第に桜井を大きく弾き飛ばし追い詰めていくと、ギルザードは勝利を確信する。魔導骨格と共に駆け出し、空中へ飛び上がると再び魔導骨格を身に纏い渾身の一撃を振りかざす。

 桜井は魔剣ライフダスト一本でそれを受け止め、踏ん張った足はジリジリと後退していく。両手で頭上に構えた魔剣は徐々に押し下げられ、輝くエネルギーブレードが頭へと迫ってくる。

 もはや勝敗は決したという時、ギルザードは最後の一撃を加えなかった。

 なぜなら、桜井の後方にいたシグナスがクロスボウで魔法の矢を空に打ち上げたのが見えたのだ。

「あちゃー、ボスも観戦に興じてると思ってたのに」

「それよりセレサ、このままだと桜井の骨を拾うことになっちゃうよ。あたしは先に逃げるから、助けたげといて、じゃっ」

 シグナスが魔法によって援護射撃をしようとしているのは誰の目から見ても明らか。「ちぃっ!」と舌打ちするギルザードは桜井との鍔迫り合いに持ち込んだ状態を維持したまま、驚くべき行動にでた。

「じゃああとはこいつで楽しんでくれ」

 なんと、ギルザードは桜井と鍔迫り合いをする魔導骨格をそのまま脱ぎ捨てて、追撃を仕掛けるでもなくシグナスの元へ走り出したのだ。彼女が魔法を行使するのを食い止めるため、標的を彼女に定めたのだ。しかし同時に、自律させた魔導骨格には桜井を足止めさせて。

 桜井がまずいと思う頃には、シグナスが上空に打ち上げた魔法の矢が拡散する。夜のような明るさだったはずの空が光に包まれ、巨大な長方形の魔法陣が形成されていく。幾何学的な紋様を浮かび上がらせる魔法陣に意識を向けていると、主のいない魔導骨格はさらに力を込める。彼が再び魔導骨格と何度か斬り合っていると、

「さくらーい! 遊んでないで逃げた方がいいと思いますよー!」

 いつの間にか遠方にいたセレサが大声で叫んでそう伝えてくると、上空に広がっていた魔法陣に異変が起こる。丁度シグナスがいる位置から森の入り口まで、桜井とギルザードを経路上に含んだ長方形として上空に現れた魔法陣。なんの前触れもなく端から崩れ始め、光の雨となって草原へ降り注いだのだ。

「おのれ……!」

 剣を片手にシグナスのもとへ走っていたギルザードはもう間に合わないことを悟ると、すぐさま引き返す。桜井のもとにいる魔導骨格を装着して身を守るために。

 一方で、魔導骨格と戦っていた桜井も身の危険を察知する。

「こっちー!!」

 セレサが呼ぶ声に、桜井もさっさと離脱したいのだが魔導骨格は彼を逃がそうとしない。魔法による絨毯爆撃が敢行されている状況でも、魔導骨格は桜井を仕留めようと両腕の光刃を振り回す。桜井はセレサのいる方へ向かいながらも、魔導骨格に背を向けられずにいた。

「いい加減しつこいぞ!」

 絨毯爆撃は止まる気配などなく容赦なしに草原を焦土へ変えていく。このままでは間違いなく桜井もろとも焼き払われる。流石にやりすぎだと思うが、シグナスは本気なのだろうか。

「仕方ないですね」

 桜井が魔導骨格に手こずっているのを見かねたのか、セレサは奇想天外な武器を取り出していた。

 彼女が懐から取り出したのは、一メートルにも及ぶスーパーロングバレルリボルバーだ。小さい手で撃鉄を起こすと、シリンダーがセットされる。明らかにその大きさを持て余しながら、大股を開いた彼女は手ブレする中で照準を定めた。

「撃ち方よーい」

 はっきり言ってしまえば、銃身の重さからまったく銃を支えられていない。当然といえば当然だが、彼女はほとんど当てずっぽうの感覚で引き金を引いた。

「うてぇ……!」

 約六〇口径のリボルバーから炸裂した音は戦艦の主砲と見紛うもの。セレサは反動で空中を二、三回ほどは回転したが放たれた弾丸は目標に直撃した。

 桜井の離脱の邪魔をしていた魔導骨格は、セレサによる砲撃を腕に受けて大きく後方へと弾き飛ばされる。規格外の助太刀を受けた桜井は何が起きたのか理解していなかったが、すぐにその場を離れセレサのいるところへ急ぐ。絨毯爆撃はもうすぐそばまで迫ってきていて、桜井はすんでのところで射程圏外へと飛び出した。

 シグナスが放った絨毯爆撃は完璧に制御されていて、魔法陣が落ち切る頃には綺麗な長方形のクレーターができていた。膝に手を当てて息をする桜井の数歩先は、絶対不可侵の境界線を敷いたように草原と焦土が隣り合っている。

 爆心地に残されていたギルザードは命拾いをしていた。魔導骨格となんとか合流していた彼は急いで鎧を着用し、身を守ることができたのだ。しかし、セレサの巨砲を受けた上で絨毯爆撃を喰らい、骨格はほとんどの機能を破壊されてしまっていた。肉体が無事でも魔導骨格を用いた戦闘は続行できないだろう。クレーターに倒れていた彼は上体を起こしたが、周囲の有様に戦意を喪失していた。

「なんだ、戻ってきたのか。巻き込むように計算したはずなんだがな」

 桜井のもとには、草原を焦土へと変えた張本人が涼しい顔で立っていた。

「冗談に聞こえないな」

 もしかしたら、桜井は今頃この焦土の中で骨になっていたかもしれない。セレサが助けてくれることを予測していたのかどうか、シグナスは答えようとはしない。つい先ほどまで、自分がレリーフと繋がっていることで殺されかけたのだ。桜井の感覚はもはや麻痺していたこともあって、彼女の殺意については見てみぬフリをした。

「で、あいつ知り合い?」

 クレーターの奥で今も動いている人影を見つけ、桜井はギルザードについて尋ねた。

「アルカディアの騎士の一人だ。元な。評議会に追放された恨みで一泡吹かせてやろうとでもしたんだろう。ラストリゾートの客人であるお前を殺せば、連中は困るだろ。それにしてもしつこいとは思うがな。お前の到着を狙ったのに加えて、これで二回目だ」

「へぇ、俺が知らないところで助けられてたってことか」

 桜井の予想は凡そ当たっていた。桜井の暗殺をシグナスに阻止されたことで、その復讐のためにファンタジアの森まで追ってきたのだろう。

 なんだかんだ、アルカディアに来てからというもの桜井は好意に助けられてばかりだ。まさか自分を殺そうとまでした少女でさえ、出会う前から守ってくれていたとは思ってもいなかった。

「勘違いするな。レイヴェスナの頼みだから聞いてやっただけだ」

 もともと、シグナスが桜井と行動していること自体がレイヴェスナによる命令だった。シグナスはセレサやヴェロニカに負けないくらいに奔放で味方を持たない孤高の少女だ。そのシグナスがレイヴェスナに肩入れしているのは何か理由があるのだろうか。それこそ、彼女にとっては数少ない味方だからなのかもしれない。

 どんな理由があるにせよ、桜井に起きたことは全てが事実だ。

「でも助かってるよ。俺を殺そうとしたのも、とりあえずは帳消しだな」

 ひとまず殺さないでくれたことを喜ぶべきだろう。素直に感謝しようとした桜井だったが、

「……死ね」

 すれ違いざまに残した言葉に、桜井は引き攣った笑みを浮かべる。

「やっぱり冗談じゃなさそうだな」

 照れ隠しだったとして、彼女の行動を考えると本気の可能性があるのが怖いところだ。これ以上、彼女を怒らせない方がいいだろう。

 長方形の魔法陣によって分厚い魔導雲は真っ二つに引き裂かれ、さながら空に裂け目ができているよう。夜も更けてきたのか月が見え、その下を飛行する数台の車が見えた。

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