第4章「夢から揺すり起こされて」

第4章第1節「夢から揺すり起こされて」

 獄楽都市クレイドルの旗艦ワルキューレ。全長約二〇〇〇メートルもの規模を持つ巨大な魔導母艦はたった一撃の砲撃で、アルト地区のグランドスケール時計台を完膚なきまでに破壊した。これほどの破壊力を秘めた巨躯がアルカディアの上空に滞在できたのは、量子クローキング技術の恩恵が大きい。

 魔導科学は『存在する状態』と『存在しない状態』を切り替える技術を開発。魔導母艦ワルキューレはこの技術を応用したステルス航行機能を搭載しているのだ。

 しかし、レリーフ・バンビが引き起こした『グレート・アトラクター』は空間を割り、量子クローキングを破いた──いや、破ってしまった。

 アルカディアの市民たちは倒壊する時計台を尻目に、空を覆う魔導母艦を仰ぎ見る。彼らの目に希望の色はなく、これから先もたらされるであろう絶望に目を閉ざすことも許されない。

 市街地に立つ一部の人々は、慌てたように耳を両手で隠したり物陰でうずくまり出す。まるで、本能に刻まれた恐怖から行動したような彼らは知っているのだ。

 これからもたらされる、絶望のエコーを。

「揺り籠を揺すれ」

 魔導母艦ワルキューレの艦内では、将軍が次なる指令を出す。

 同時に魔導母艦はその場に滞空したまま、機体下部の中央の装置を展開。そこには大型の鐘に似た装置が現れ、青い光を集中させて駆動音を轟かせた。駆動音は空気だけでなく大地を震わし、人々の心の芯を揺すりかける。それは鳴り止まないどころか次第に強まっていき、スッと静止した。


 長く、短い静寂の後。




 死の足音が響く。




 ドッッッ! という地獄の奥底を叩いたような重低音が鳴ったかと思えば、凄まじい振動が上空より地上へと伝わる。

 その音響はアルト地区の建物に嵌められた全ての窓ガラスを粉砕し、停められた車をも揺さぶってガラスを砕き、木々や建物からは土埃が舞う。

 鐘から放たれた衝撃はついに市民へも届き、人々の内臓を容赦なく圧迫。口から血を吐いて崩れる者もいれば、耳から血を出して倒れる者もいる。

 衝撃は半径五〇〇〇メートルという広い大地を駆け抜け、等しく破壊を告げた。

 魔導母艦ワルキューレが搭載するこの音響兵器は、獄楽都市クレイドルの来訪を報せる警鐘。人々は『絶望のエコー』『死神の足音』などと呼び恐れていた。

 実際に一部の市民は音響兵器を予見して、物陰に隠れたり耳を押さえたりという行動を取っていたのだ。もちろん、これだけで命を落とすことはないが、だからこそ人々は恐怖を植え付けられる。

 正面から直撃した市民の中には血を流して苦しんだり、脳震盪を起こして気絶してしまう者も。建物の中にいた人々も無事では済まず、三半規管そのものを強く揺すられ立つことも困難な状態に陥っている。

 さらに、ワルキューレの鐘は二度三度と立て続けに響き渡る。その度に同様の惨劇が繰り返され、辛うじて破壊を免れた建物や、窓枠に残ったガラス片も根こそぎ砕かれていく。なんとかバンビが起こした嵐を耐え抜いていた飛空船もまた衝撃を受け、体勢を崩してしまったことで建物にぶつかり爆発を起こす。

 音響兵器の威力は中心に近ければ近いほど強くなるため、ワルキューレが滞空するアルト地区は凄惨な打撃を受けることになった。

 だが、クレイドルの侵攻はまだ始まったばかりである。音響兵器は文字通りの警鐘に過ぎないことを、人々は思い出すことになるだろう。

「魔法郷アルカディアよ、理想を夢見る時も終わりだ。天蓋を外され、眩む目を見開くがいい。諸君らが目にするのは天国か、地獄か。我らが皇帝陛下の名の下に審判を下そう」

 母艦内、蹂躙される街を睥睨しタバコを吸っていた将軍は無慈悲な号令を下す。

 有り余るエネルギーが鐘を震わせる中、ワルキューレから地上へ何かが次々放たれた。それは弾丸のように地上へ落ち土埃を立てる。煙のカーテンから姿を現したのは、金属骨格を持つ魔導兵士だった。

 彼らは艦内の魔導兵士と同じく、ほとんどが機械兵器。『プレデター』と呼ばれる魔導兵士は艦内の『ギアーズ』とは異なり副腕を持たない代わり、俊敏で獰猛な獣の如く四足歩行で活動することができた。クレイドル軍が投下した先鋒はインストールされた伝令に従い、それぞれ群れという名の隊列を組み続々と侵攻を開始する。

 上空の母艦ワルキューレからはステルス機『スキャフォールド』が発艦し、アルカディアの上空を飛び回る。マンタやカブトガニを彷彿とさせるその機体は、地上へ爆撃を行いフォルテシモ大聖堂のあるソプラノ地区へ向かう。

 彼らに号令を下した将軍もまた、スキャフォールドからソプラノ地区へ降り立つ。咥えていたタバコを今一度吸い、吸い殻を投げ捨てて宣戦布告した。

「行進せよ! 蔓延る魔を討ち滅ぼし、我らこそが征服するのだ!」

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