第4章第3節「夢から揺すり起こされて」

 獄楽都市クレイドルの征服軍の大半を占める先鋒『プレデター』。魔導科学によって開発された魔導兵士は、与えられたプログラムに忠実に作戦行動を遂行する。人間とは異なり命令への疑問や恐怖を持つこともない。機械の兵士というだけでも厄介な上、四足歩行によって機械とは思えない俊敏性をも実現している。彼らを群れを成して行動し、肉食動物のようにタッゲートの狩りを行うのだ。

 不幸中の幸いと言うべきか、直前の嵐によって市民たちのほとんどは建物内に避難を済ませている。潜水艦のソナーに似た音波攻撃によって多かれ少なかれ被害が出ているものの、街の大通りに現れたプレデターに襲われることはなかった。彼らは建物の中に隠れた人々を襲ったりせず、何かを探すように周囲を見まわし四足で駆け回っている。

「あぁ、我らが女神レイヴェスナ卿、見ていらっしゃいますか? どうか哀れな我々をお救いください……」

 人々はプレデターの群れから隠れて口々に救いを求め、震える手で祈りを捧げる。それが届いたのかどうか、アルカディア楽団の楽団員たちがプレデターの注意を引く。

「アルカディアの調和を乱す者は許さん! これ以上進めると思うな!」

 剣を抜き複数の楽団員が立ち向かっていくが、プレデターの群れにはついていけない。人型でありながら四足歩行での活動に特化したプレデターは、楽団員には真似できない俊敏性で猫のように立ち回る。

 彼らは現代の魔導科学によって造られたが、魔法を用いた武装を内蔵しているわけではない。むしろ魔法とは縁遠い原始的な武器、両腕から伸びる鋭利な爪を持っている。

 無論、魔力で加工された魔導金属で出来ていて、楽団員が持つ剣とも十分に打ち合える。とはいえ人間に過ぎない楽団員では相手にもならず、爪はすぐに血肉を切り裂いた。

 獰猛なプレデターは抵抗する楽団員を次々屠っていく中で、ある行動を取っている。なんと、発見した魔法生命体レリーフも楽団員と同じように鋭利な爪で殲滅していたのだ。

 バンビが引き起こした嵐は有象無象のレリーフを生み落としたが、プレデターはアルカディア楽団を上回る速度で排除する。

 それでも、彼らは味方ではない。アルカディアという聖地を侵した侵略者なのだ。

 楽団員とレリーフを殲滅した群れが街角へ進むと、反響する重々しい銃声が迎えた。

 そこでクレイドル軍の迎撃に当たっていたのはセレサで、十の銃口を持つハンドガン『ヒドラ』でプレデターの群れを撃つ。しかし、十の銃口を持つに関わらず──というよりそのせいで精度が落ち一発もプレデターに当たっていない。

「もうちょこまかちょこまか動き回らないでください! 当たらないじゃん!」

「そんなヘンテコな銃使ってるからだよ」

 怒り心頭のセレサ、その隣で傘をさしてあげているヴェロニカ。どうやら嵐の中も相合傘で凌いできたらしい。

「こんにゃろあったまきた!」

 茶々を入れるヴェロニカかプレデターに対してか。ともかく堪忍袋の緒が切れたらしいセレサは、ヴェロニカから傘をひったくる。柄を掴んで何やら操作すると、傘の骨が音を立てて変形。瞬く間に変貌したレーザー兵器を照射し、プレデターの群れを一掃する。

 ひとまずの難を逃れたセレサは大きく息を吐くと、下からヴェロニカがガッカリした風にため息を吐く。

「セレサって射撃の腕ないよね」

 傘を取られたヴェロニカは、セレサのスカートの中から顔を覗かせていた。いつの間にやら小人サイズになり、雨宿りをしているらしい。

「うるさいなあ! 文句があるなら自分でやればいいじゃん」

「あたしは平和主義だから……ってなわけで、後はよろしく〜。終わったら起こして?」

「ちょっと、まさかこのままそこで雨宿りするつもり?」

 言いながら、スカートをつまんだり払ったりするも、なんとかしがみつくヴェロニカ。

「脇汗かくから袖で雨宿りするなって言ったのはセレサでしょーに」

「あーもう分かった、返すから傘を使ってください!」

 言い合う彼女たちの頭上では、複数の機影が飛び交う。硝煙が昇る空を支配するのは遊撃機スキャフォールド。

 フォルテシモ宮殿と大聖堂へ向けて飛行するスキャフォールドは、大聖堂に設置された魔法の大型バリスタによる矢の雨を繊細な軌道で掻い潜っている。

 武装した飛空船も発進し迎撃を行うが、スキャフォールドはフレアを撒きミサイルの追跡を難なく振り切る。さらに急旋回を行いユレーナライフルによる逆襲を仕掛けた。

 絶え間のない攻撃を受けて炎上する飛空船の下、ソプラノ地区・アルカディア裁判所。

「レ番街からソ番街までの広範囲でクレイドル軍の先鋒プレデターが投下されてる。このままじゃ大聖堂や宮殿に到達されるのも時間の問題」

 楽団の主任──マエストロの役職に就くニッキーの報告を受け、今も正統な騎士であるルキナは決断を下す。

「そうはさせない。僕の首が落ちない限り、陛下に近づかせるわけにはいかない」

 言い終わった途端、ドン! ドン! と何かが地上に落下する音が裁判所へ響き渡る。それが母艦からのプレデターの投下、即ち敵襲であることをニッキーは瞬時に理解した。

「アルカディアの調和を乱す者は、誰であろうと容赦しません! なんとしてでも食い止めましょう」

「共にね」

 ルキナとニッキーは頷き合い、裁判所の出入り口へ向かう。すると、楽団員の制止を振り切りある人物が前に出た。

「何の真似だ?」

「離せっ」

 物音と声に二人が振り返るとそこにいたのは、

「おい、俺にも武器をくれ」

 裁判所へ護送されてきたギルザード・バルズウェイ。桜井友都の暗殺未遂の罪を持っている男だが、彼はアルカディアの危機を目の当たりにして心に変化を受けていた。

「俺はかつてアルカディアに忠誠を誓った。それでも評議会は俺を裏切り、今や追放を受けた身の上だ。このままだと俺は、追放を受けた末に復讐も遂げられなかった哀れな男として死ぬことになる。だが、アルカディアの為に戦って死ねるなら本望ってもんだぜ」

 今では見る影もないが、ギルザードもルキナと同じアルカディアの騎士だった。ルキナとは違い騎士団に入る前に追放を受け、一時は評議会へ復讐を企んだ。が、アルカディアの危機に直面した彼は最期に未練と向き合う道を選んだのだ。

「名誉の為に戦うか。君はとっくのとうに名誉を捨てたものだとばかり思っていたけれど、……レイヴェスナ卿もきっとお喜びになる」

 本来であれば、罪人であるギルザードを解放することはできない。しかしアルカディアの危機に立ち上がる意思があるのなら、その使命を全うさせる機会を与えるべきだろう。ルキナはそう考えて、隣のニッキーに頷きかけた。

 彼女も異論はないようで、ギルザードの腕を掴んでいた楽団員へ指示を出す。

「コリン、手錠を外してあげて。それから剣を」

 若い男性の楽団員は渋々といった調子で、魔法の手錠を解く。ニッキーに言われた通り、手首をさするギルザードに予備の剣を渡した。

 そしてギルザードと共に、コリンと呼ばれた楽団員も二人のもとへ。

「見張る必要もないなら、私も隊長についていきます」

 ギルザードの護送に付き添ったのは、ルキナ、ニッキー、コリンの三人。コリンは護送車の運転手兼見張り役だったが、ギルザードが戦うなら楽団員の彼自身も剣を取るべきだろう。

 部下からの申し出に快く頷いたニッキーは、ルキナたちを先導して裁判所の大きな扉を開け放つ。

 裁判所前の通りには嵐が生み落とした風や土のレリーフたちが彷徨っていた。しかし遠くからプレデターの群れが凄まじいスピードでやってきたと思うと、レリーフたちを囲み一斉に屠る。さながらそれは肉食動物の狩りのよう。

「敵は群れで襲ってくる。守りを固めるんだ。焦って陣形を崩せば、奴らの餌食になる」

 ルキナら四人が怯むことなく裁判所から離れると、プレデターの群れはすぐに気配を察知。機械特有の低い駆動音を咆哮のように轟かせて駆け出す。だが無鉄砲に突進せず、まるで隙を窺うようにして四人の周囲を囲った。

 事前の指示通りに四人はそれぞれの背中を合わせて、隙を埋める。戦略的に攻めるプレデターはまず背後を取ろうとしたが、ギルザードとコリンの二人が迎える。

 不意打ちに失敗こそしたが、二人に詰め寄り腕を振り抜くプレデター。ギルザードは貰い受けた剣を用いて鋭利な爪を弾き、コリンも同じく剣を使い防御に徹する。

 二人と背中を合わせていたルキナとニッキーにも、プレデターが爪を尖らせ襲いかかる。

 ルキナが腰から引き抜いたのは、アルカディアに伝わる守護聖剣エヴァフレイ。アルカディアの土地にある限り決して折れない剣は、プレデターの腕を斬り落とす。続く片腕の爪を弾いて首を落とした。

 ニッキーが腰から引き抜いたのは、三日月型の短剣。その刃は彼女の手によって熱せられ、灼熱の刃と化してプレデターの爪を溶かす。

 そのまま掴んでいた柄が伸びると、長柄の斧として上から振り下ろす。が、爪を溶かされたプレデターは後退してそれを躱す。

 ギルザードとコリンも、小慣れた剣捌きによって猛攻を防ぎ頭部や胴に一撃を返すことができていた。

 量産型という宿命かもしれないが、高い攻撃性を持つ代わり耐久性はあまり高くない。とはいえ、プレデターが持つ高度な知能は欠点を補って余りあるもの。

 プレデターの群れは四人それぞれを均等に攻撃し、四人が陣形を崩す機会を待っていた。単に攻めるのではなく、あえて退くことで攻撃を誘う。

「隙だらけだ!」

 ギルザードはやがてプレデターの方へと前進し、合わせていたルキナの背中に隙が生まれる。そこを、プレデターは見逃さない。

 別のプレデターはすかさずギルザードとルキナの間に割って入り、ルキナの背中を切り裂こうと駆ける。

「危ない!」

 いちはやく気づいたのは、楽団員のコリン。彼は素早く体を翻して剣をねじ込み、プレデターの爪を逸らす。ルキナも振り返り不意打ちを仕掛けたプレデターを斬り伏せる。だが、彼らは決定的に隊列を崩してしまった。

 この時機を狙い見事に作り出したプレデターは、四人を分断するように入り込む。機械という性質上、プレデターの強みはその強固かつ適切な連携行動にある。四人とも所詮は人間であり、プレデターの群れには及ばない。

「なんてチームワークなの」

 驚きを隠さずにはいられないニッキーだったが、彼女とてマエストロとなる実力を持つ。燃え滾る温度の斧はプレデターへ致命傷を与えることができるものの、隊列を組んだ場合そのリーチが仇となる。が、隊列が崩れた以上、近くにいる味方へ遠慮することもない。彼女は豪快に斧を振り、プレデターを一撃で両断した。

 四人は隊列こそ乱されたが、劣勢にまで転がり込むことなく踏みとどまっている。プレデターも残すところ三体となり、ルキナがさらに一体を仕留めた。続けてギルザードがもう一体の首を斬り落とす。最後となった個体は楽団員のコリンによって腹部を剣で貫かれた。

 そして剣を抜かれよろめくプレデターに、予想だにしない異変が起きる。破損した腹部から緑色に発光する魔力が漏れ出し、触手となって蠢き出したのだ。触手を持ったプレデターは再びコリンへ詰め寄り、咄嗟に剣で爪を食い止める間に触手が脇腹を貫いた。

「……かはっ」

 怯んだコリンはプレデターの逆関節になった獣脚によって蹴り飛ばされる。強い勢いで弾かれた彼は血を振り撒いて転がり、嵐が運んできた瓦礫にぶつかって止まった。

「化け物め!」

 変異を起こしたプレデターに対し、背後から近づいたギルザードは剣で一突きした。体内の動力源が破壊され機能を停止すると同時、暴走した魔力が生んだ触手も溶けて消えていく。

 ようやくプレデターの群れを制圧し、ニッキーは瓦礫にもたれたコリンへ駆け寄った。

「コリン! しっかりしなさい!」

 触手に貫かれた彼は重傷で、目の焦点も合っていない。起きあがろうとするも咳とともに血を吐き、ニッキーは彼の頭を支えた。コリンの血だらけの顔は苦しげどころか穏やかだ。

「平気ですよ……隊長が作ったハートフェルトを食べるまでは、……死んでも死にきれませんから」

 彼が最期の時まで誇りを手放さなかったことは、腕の中で看取ったニッキーがよく分かっている。もちろん、顛末を見守っていたルキナとギルザードにもそれを察することができた。

「残念だ」

 多くを語らず、そっと肩に手を添えたルキナ。彼女の肩は強張り、わずかに震えていた。

「必ず作ってあげる。約束よ」

 ニッキーはコリンを優しく横たわらせ、開いたままの目を閉じさせる。

 勇敢な楽団員の死が、プレデターによる侵略を食い止めたのも束の間。遠方から砲撃音が響き渡り、ルキナらの頭上を通って大聖堂に設置されていたバリスタにエネルギー弾が着弾した。

 どうやらクレイドル軍は巨大な砲塔を持つ戦車を投入し、支援射撃を行っているようだ。

「大聖堂に行って女王を守れルキナ。俺は女王に会わせる顔がねぇ」

 見かねたギルザードは、ルキナの背中を押した。彼らはここで敵を食い止めるべきだったが、既に大聖堂が攻撃されている。混沌とした戦争状態とはいえ、アルカディアが防衛側なのは明らか。要となる女王が座す大聖堂を落とされるわけにはいかない。

「それじゃあこっちは任せたよ」

 ルキナはギルザード、ニッキーの二人に戦線を任せる。ギルザードはかつての騎士として、ニッキーはアルカディア楽団のマエストロとして。彼女はその胸のバッジと、亡くなった多くの戦友の魂にかけて戦いに臨む。

「ご武運を」

 そんな彼らの頭上に広がる空を支配する戦闘機スキャフォールド。大聖堂に設置された魔法のバリスタは敵機を寄せ付けず、撃墜することにも成功していた。が、地上に投下された砲塔戦車が遠距離から支援砲撃を行ったことでバリスタが破壊されていく。弾幕が薄くなったチャンスを逃さないクレイドルの戦闘機はアルカディアの要たるフォルテシモ宮殿へ加速する。

 その時、スキャフォールドが組んだ隊列の間を縫う影が差し込む。素早く鋭角に動く影の正体は、細長い針状のオブジェクト。規則的に動いたそれはスキャフォールドの内の一機を取り囲むと、先端からレーザーを照射。機体は翼や尾、動力部などを破壊され炎上し、あっけなく撃墜された。

 オブジェクトは続けてもう一機を撃墜すると、制御者のもとへ戻る。複数のオブジェクトを背中に従わせたのは、DSRエージェントの鶯姫星蘭うぐいすひめせいらん。彼女が背負うバックパック型の魔装が制御装置であり、自身もまたその魔装によって空を飛行する。

 スキャフォールドは彼女の存在に気づき旋回し、ロックオンした。星蘭もまた敵機の行動に反応して背中のブースターを噴射し縦横無尽に空を駆ける。

 彼女が装備する魔装は『ソードピアス』と呼ばれるもので、ラストリゾートのDSRエンジニアによって開発された。ナノテクノロジーによって普段の背中でコンパクトに収納する背嚢はいのう形態、近距離から遠近距離の戦闘を展開する銃槍じゅうそう形態、八つのピットに分離させ空中戦を展開する剣翼けんよく形態の三つを切り替えることができる。特に剣翼形態はリミッターを解除しなければならず、現在の状況を非常事態と見做したということだ。

 高速で追撃するスキャフォールドのユレーナライフルを空中で躱し、八つのピットからレーザーを照射し撃墜する星蘭。

 ソードピアスは非常に複雑な変形機構を持ち、同じくDSRが開発した機械剣ペンホルダーを凌駕する。設計士であるンナヴィア・リュッツベルも大概ではあるが、武器というよりは魔導骨格に近いソードピアスを使いこなす星蘭の技術も高く洗練されていた。

 星蘭は八つのピットを伝って移動し、その内の一本を手に持つ。ピットは地上で用いていた時のスナイパーライフルでもあり、最後の追っ手を自らの目で狙い撃墜した。すると、

「星蘭、聞こえますか? 地上に砲塔戦車が投下されていて、大聖堂のバリスタが破壊されています。ですが、私たちだけではシールドを破れません! 至急援護をお願いします!」

 クレイドル軍は先鋒となる部隊プレデターの次に、大型の主砲を搭載した戦車を投下している。アルカディア楽団やDSRエージェントたちはプレデターの制圧に手一杯であり、厄介な支援砲撃を行う戦車の破壊は急務だ。星蘭は自律させていたピットを回収し、地上へと急ぐ。

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