第1章第3節「立てかけられた天への梯子」
ラストリゾート大使館の発着場を出発した飛空船は、次に大聖堂前の発着場へ到着した。桜井たちを乗せているため特別運行なのは間違いないが、案内板を見るに停船する順番としては正しいようだ。桜井たちのほかにも何人か降りる人がいた。アルカディア楽団は運行時間の調整を計らったとはいえ、本当に普段の日常的な営みが繰り広げられている。アルカディアに来たばかりの立場にしてみれば、異国の日常はつまらないどころか興味深いもの。飛空船を降りても、桜井の興味が尽きることはない。
フォルテシモ大聖堂前発着場。その名の通り、ラストリゾートの建築様式とは全く異なるゴシック調の建築物が立ち並んでいる。最先端の科学技術で築かれた都市景観に慣れた目を通すと、それらは現実離れしたものに映った。加えて、アルカディアらしい特徴として呑み込まんばかりの自然が絡み合っている。
いっそ神秘的にさえ思える街並みに目を回していると、桜井の視界にはこちらに手を振る男性の姿が映り込む。凛とした雰囲気は中性的に見え、着こなした軍服と腰に差した剣を見るに誇りある身分なのは一目見れば分かる。そんな厳かな印象とは対照的にフレンドリーな笑顔を浮かべた彼は、飛空船を降りてきた二人へ歩み寄ってきた。
「やぁ、待っていたよ。レイヴェスナ卿からの遣いだ」
桜井より先に降りていた鶯姫は、遣いと名乗る男を見ると事務的な口ぶりで、
「DSR、約束通り彼を引き渡しに来た」
「ご苦労様。あとは僕に任せて」
生粋の仕事人間らしい鶯姫だが、遣いの男は手慣れた様子だ。二人が顔見知りなのかどうかは分からないが、DSRからアルカディアへの引き継ぎはスムーズに進む。
一仕事終えた彼女はさっさと後ろへ体を翻す。その際に桜井とは目を合わせることもせず、すれ違いざまに一言だけ残していった。
「じゃあ、私はもう行くから」
桜井は彼女に嫌われることをした覚えはない。だからと言って親しいわけでもないが、薄情なまでの態度はかえって清々しく感じられた。仕事だけの付き合い……そう割り切った関係ほど楽なものはないが、桜井は彼女の背中を目で追うしかなかった。ラストリゾートから離れたアルカディアにおいて、今の桜井に仲間はいない。その中で同じDSRである鶯姫は、唯一信頼できる共通点があったからこそ取り残されるのは少しばかり不安が残る。
そんな彼の心中を察してか、遣いの男は次のように声をかけてきた。
「彼女、少しとっつきづらいけどクールだよね。DSRのエージェントというのはみんなそうなのかい?」
「そんなまさか」
ここから先は礼節を持った態度で挑まなければならない。桜井は首を横に振ったが、改まった意識が言葉をつっかえさせた。
「失礼、僕はルキナ・アルベール・ラナンキュラス。そう畏まらないでくれ」
ルキナ・A・ラナンキュラスと名乗った彼は、親しみを込めて手を差し出す。先ほどの鶯姫とは正反対の態度に戸惑いつつも、桜井は握手を交わした。
「君のことはエージェント
「浅垣から?」
まさかここで親友の名前を聞くことになるとは予想していなかったのだろう。思わずといった調子で聞き返すと、ルキナはしっかりと頷いた。
「あぁもちろん。さぁ、歩きながら話そう。レイヴェスナ卿もお待ちだからね。僕ばかりが君の時間を取らせるわけにはいかない」
言い終わると、彼は先に広がる道へ腕を開いて桜井を歓迎した。
「魔法郷アルカディアへようこそ。僭越ながら、我がアルカディアの女王陛下レイヴェスナ・クレッシェンド卿のもとまでご案内するよ」
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