第33話 影の支配(2)

「右へ行ってみようぜ」


 ステージを見に行っても観客と演者ばかりでおそらくルルドはいないし、こちらが先に見つかってしまう。

 いるとしたらステージ裏や楽屋、動物も扱っている興行所であれば飼育スペースにいる場合もある。

 しらみつぶしに探索することになるが、公演前後に他人の興行所での初公演時に外出している可能性は相当低いだろう。

 問題は俺の気になっていることを、どう上手く聞き出すかだが。

 思考を巡らしつつ俺たちが通路を進んで行くと、下へ向かう石階段があった。

 そこを靴音を立てないように慎重に下りていくと、多くの動物たちの視線が一斉にこちらに向けられた。


「飼育スペースか」


 サルやライオン、ゾウといった動物が大きな檻に入れられウロウロしている。

 左手から観客の声が聞こえることを考えると、ステージの裏側に当たる位置だということがうかがえた。


「人は見当たらないわね」


 ステージ方面と違い静かな空間にレナの呟きが届く。

 積まれた木箱と檻の間を通っていると動物の足音や鳴き声は聞こえてくるが人がいるような気配は感じられない。

 どうやらここにルルドはいないようだった。


「どうする? ステージの方にも行ってみる?」

「うーん。まずは楽屋だな。ここにいないとなると、出演者が集まってる場所にいる可能性のほうが高いし」


 話を聞く相手本人がいなければ意味はないと、レナと俺は観客の声がしている方面へと踵を返し。


「誰か来るよ」


 パルフィの小さな一言に反射的に足を止めた。


「どこから──」


 来るのか尋ねようとした瞬間、離れた地面から浮き上がって来た影に、俺は思わず息を飲み慌てて二人と一緒にそばの木箱に隠れた。


「なんであいつがいるのよ」


 小声ではあるが驚きを隠せない様子のレナに、俺も心の中で同意する。

 服は全身黒く、素肌に直接羽織った袖のない前開きのパーカー。

 腰に下げた短剣。

 地面から出てきた相手は、ギギアル山を噴火させて逃げた堕落魔アンチのキールだった。


「ここで捕まえる?」

「いや。戦闘になったら周囲にも被害が及ぶし、あいつが何故ここにいるか知りたい。しばらく様子を見守ろう」


 意味もなく直接この場所に来るとは思えない。

 何かしらの用があって出現したはずだ。

 幸いこちらの存在には気づかれていないようなので、見張ることができそうだ。


「あっ誰かもう一人来たよ」


 耳打ちしてくるパルフィと同じ視線の先を追うと、楽屋があると思わしき方向からキチンとした身なりのルルドがやってきた。


「おやキールさん、あの三人は倒してきたんですか?」

「──ッ!?」


 いつも聞いていた明るく微笑むトーンと違い、低く暗い声音で当然のように堕落魔アンチに話しかけるルルドに、俺は驚いて思わず声を漏らしそうになった。


「火山を噴火させてきたっすけど、なんか上手い具合に止められたみたいで、どこに行ったかはわからないっす」


 まるで昔からの知り合いのように気さくに話すキールの姿に、覆しようのない事実が突きつけられる。

 おそらくキールが前言ってた二人の契約者の内の一人がルルドなのだろう。

 そうだとすると二人が知り合いなのも頷ける。問題は二人で何を企んでいるかだが……


「あの三人に気づかれると困りますからね。せっかくバカな神々を利用して邪魔だったバロンを排除しエンテー興行所を乗っ取ることができたのに、ここで捕まるわけにはいきませんからね」


 口の端を上げて悪い笑みを浮かべるルルドの姿と言葉に、俺はググッと拳を握る。

 人のこと利用するだけじゃなくバカにしやがって。

 今すぐ「話は聞いたぞ」と飛び出したかったが、感情に任せて行動すれば足をすくわれかねない。

 キールと契約しているということは、何かしらの能力も使えるようになっているはずだ。

 下手に立ち回れば返り討ちになりかねないし、観客がすぐ近くにいるような場所で戦闘するわけにはいかなかった。


「こっちから捜して倒しに行くっすか?」

「いえ。変に勘ぐられて真実が露見する可能性もあります。下手な手出しをせず、どこか他の地に行ってくれるよう静観しましょう」

「俺もそれで構わないっすよ。人間たちから引き続き負の感情を集められれば良いっすから」


 細かいところまではわからないが、どうやらルルドはエンテーを乗っ取るためにキールを利用し、キールも負の感情を集めるために何かしらの形でルルドを利用していたようだ。

 互いに持ちつ持たれつの関係。

 利害を一致させた二人が仕組んだ計画の上で俺たちは踊らされていたらしかった。

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