第6話 えいぎょう開始(2)

「というわけで、私達がこの依頼受けるわ」

「わーい。三人で冒険えいぎょうだ」

「ふふふ。楽しそうなトリオでいいね。期待してるよ」


 意気揚々と笑みを浮かべるレナとパルフィに、ハーナは目を細め依頼内容の詳細を話し始めた。


「で、さっそく行くのかよ?」

「現地に向かう前に準備は必要よ。情報収集をしつつ道具屋で必要な物を買いましょう」


 この街の観光の目玉ともなっている遠くに見える火山。

 その煙を眺めながら俺が問うと、レナは通りの奥を指で差した。


「あっちになんかあるのか?」

「意味ありげにやってみただけよっ」

「紛らわしいことすんなよッ!」

「そうそうその意気。元気があってよし!」

「ツッコむ気すら失われるわ……」


 ことあるごとにボケようとするレナに、俺はハァと溜め息を吐く。

 守笑神ボケとしては正しい姿なのだが、人間達の前でなくいつどこでもボケられると話が前に進まない。


「先に道具屋に行こう、行こう!」

「お、おう」


 なぜかやたら張り切っているパルフィに、俺は何事かと腰を引く。


「必要な道具はあまりないでしょうけど、野営する可能性はあるから食料は確保しておきたいわね」

「美味しいご飯っ、ご飯っ」

「携帯食料に美味しいのは無いと思うけどな。俺は食いたくねぇぞ」


 食い意地の張ったテンション高めの女神に、俺が呆れてジト目を向ける。

 以前話のネタに食べたことがあるが、保存性を高めた食料なんぞ、パサパサしてるか塩っ気が多いか。

 どちらにせよ美味しいと思えるような代物ではなかった。


「携帯食料が嫌いなら、ゼノは道端に生えてる雑草食べるの?」

「食うかッ! 俺は草食動物じゃねぇわッ!」


 不思議そうに尋ねてくるパルフィの言葉を即行否定する。


「雑草も物によっては美味しいから、ゼノはそっちが好きなのかと思った」

「て、天然守笑神ボケの発想って怖ぇ……ってか食ったことあるのかよッ」


 毒果実を食っていた女神ならあり得るのかと、雑草を食う姿を想像してしまい、俺はブルッと身震いをした。


「まっ、お腹空いたら携帯食料も美味しく感じるわよ。とりあえず道具屋に向かいましょう」

「干し肉はいいんだけどなぁ。いかんせん乾パンがなぁ」


 過去に食べた携帯食料のことを思い出し、俺は気が進まないままレナについていく。

 そして街人に尋ねながら歩くこと五分。

 安くて品揃えがいいと噂の道具屋にたどり着いた。


「いらっしゃいませ」


 店の扉を開けると、中には白いエプロンを着た若い女性がカウンターに立っており、入ってきた三人にスマイルを傾けた。


「お肉とかお肉とかほしーの」

「肉しか言ってねぇじゃねーか」


 何も伝わらない物言いをするパルフィに、俺が半目で呆れた視線を送る。


「ちょっと遠出するんで、五人分の携帯食料を二日間分、テキトーに見繕ってくれる?」

「はい。かしこまりました」


 レナの申し出に店員はニッコリ微笑むと、店の奥に引っ込んで食料をまとめ始めた。


「三人しかいねぇのに、なんで五人分なんだ?」

「あー、この子三人前食べるのよいつも」

「どこにその栄養が回るんだ……よ……」


 背も低く痩せ型の女神を眺め、おかしいだろと指摘しようとするが、パルフィの胸に視線がいった途端、俺の言葉は尻すぼみになってしまった。


「なんか納得した気がするわ」

「パルフィのどこを見て言ってるのかしらぁ?」


 腰を曲げ前屈みになり、パルフィほどではないにしろ、大きな実りをわざと見せつけるレナに俺は顔を赤くする。


「う、うっせぇな! さっさと買い物済ませて聞き込み行こうぜっ!」

「ゼノ君も思春期の男の子ですなー」

「ゼノって矛盾期なの?」

「か、神に思春期も年齢も関係ないだろッ! 自分の年齢なんて数えてねぇよッ! ってか矛盾期ってなんだよッ!」


 人間より遥かに長い年月を生きる神にとって、年齢なぞ些細な概念だ。

 三人とも見た目は人間で言う十八歳ほどだが、年齢を数える慣習がないのでどの神も実年齢を覚えている者はいなかった。


「け、携帯食料以外には何を買うんだよ」


 素っ気ない素振りで恥ずかしさを隠しながら俺が問う。

 するとレナはうーんと店内の商品を眺めた。


「とりあえず水と食料だけあればいいかな。神に人間が作った武器防具なんて不必要だから、武防具屋には行かなくていいし」


 神が人間の武器を震えば武器のほうが壊れるし、神が傷つくようなダメージであれば、人間が作った防具など紙同然だ。


「こちらでよろしいでしょうか?」


 携帯食料の山を運んできた店員にレナが頷き代金を支払うと、神が持つ自分専用の収納異空間に大雑把に入れていった。


「あっそうそう、ついでだから聞きたいんだけど、近くの火山についてなんか最近変わった話を聞いたことない?」


 レナはもののついでと、店員に行く先である火山のことについて尋ねる。


「この街の観光名所の一つのギギアル火山ですか?」

「なんか魔王みたいな名前だな」


 なんの悪気もなく叩笑神ツッコミの性として失礼なことを口にする俺に、店員は苦笑いを浮かべて続けた。


「ギギアル火山は、普段は煙を上げているだけの火山なのですが、運が良ければたまに小さな噴火をする、という感じの火山なんですよ」

「噴火が観れたらご利益があるとか、そんな感じなんでしょうね」


 レナの言うとおりだろう。

 どうやら人間は偶然や奇跡を目撃すると強く有難みを感じるらしい。

 俺も感動はするが、自分で起こそうと思えば噴火を起こすことも可能なので有難みは感じない。

 自分でできるかできないか、その違いの差だろうが。


「それでも最近はその噴火の回数が増えていますね。あとは噴火の規模も少し大きくなって、街にも火山灰がかかるようになってお洗濯が大変になりました」

「それっていつからなの?」

「ここ一ヵ月ほどですね。私の祖母の時代からそんな兆候はなかったらしいので、街の人達にも少し緊張感が出てきている感じです」

「他に火山付近の状況とか噂とか、耳に入ってることはない?」

「そうですね。あとは妖獣ラウルがうろついているとは聞きますね」

「火山の間近なら人がいないだろうし、妖獣ラウルくらいいるんじゃねぇのか?」


 レナと店員の話に割って入る俺。

 人が多い街や村なら警備の手やある程度の対策はされているが、少し離れればその限りではない。

 妖獣ラウルがうろついていても不思議はないはずだが。


「普通ならそうなんですけど、火山の近くにはリルドと言う小さな村があるんですよ。ですが最近は村のすぐ近くにまで妖獣ラウルが出るようになって、村に物資を運んでいる知り合いの商人さんが怖がってました」

「火山の噴火傾向に妖獣ラウルの行動の変化か……怪しいな」


 普段と違う変化が明確に現れているなら、何かが起きていると考えのが妥当だ。

 だが具体的な異変は実際に見てみないと判断は難しい。


「近くに村があるなら、現地で聞いたほうがより詳しい話を聞けそうだな」

「そうね。ありがと、情報すごく助かったわ」

「いえ。神様たちのお役に立てたなら私も嬉しいです」


 身近な存在でありつつも尊敬の対象ともされる神に、店員の女性は柔らかく微笑んだ。


「お礼にこれあげる」


 情報への対価だと、パルフィは手にした干し肉と店員へ差し出す。


「それ、今買った携帯食料じゃねぇかよッ」

「ふふっ。そちらはぜひ旅のお供にお役立てください」

「食べ物じゃお腹には入っても仲間には入れないの」

「お供ってのは仲間のことじゃねぇよッ」

「お腹に入れば充分よ。でも、携帯食料より村でご飯にありつけるといいわね」

「じゃあ村でご飯食べて、携帯食料はおやつにしよう」

「どんだけ食い意地張ってるんだよ……ここで漫才披露してても邪魔になるんでもう行くわ」

「楽しかったです。またのご来店をお待ちしてます」


 意図せず軽いネタ披露みたいになった流れを温かく受け取った店員と別れると、俺たちはギギアル山の近くにあるという村を目指して歩きだした。

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