第42話 光と影の攻防(5)
「離脱するぞ」
即座に止んだ攻撃の隙間を縫い、俺とパルフィは急ぎレナのもとへ跳び寄る。
どうやら〝ウタネタ〟で影鎧を宙に持ち上げ盾にして、影槍の雨を阻止してくれたようだった。
「ひ、ひぃっ!?」
役目を終えたとばかりに水の中に落下し、ルルドは大きな水しぶきと悲鳴を上げる。
とっさに起き上がろうとするが、腕の無くなった影鎧では体が支えられないのか、ただ藻掻いているだけになっていた。
「仕留められなかったっすか」
城のバルコニーに腰かけていたキールが飛び降り、軽々と堀を越えて地面に着地する。
体はすっかり痺れが取れたのか、動きにも声にも違和感はなかった。
「せっかく助けたのに、それじゃなんの役にも立たないっすね」
ジタバタしているルルドを半目で眺め、軽く右手を振る。
すると影鎧は吸い込まれるようにキールの足元へと移動し、ルルドは水の中へドボンと音を立てて落ちた。
「人間にはここが限界っすね。後は俺がやるからルルドはおとなしく見てるっす」
「俺たちにさんざんボコボコにされたくせに、勝てる気でいるのかよ」
さっきはルルドが暴走しなければ勝負はついていた。
そのことを忘れたかのように薄く笑みを浮かべ自信に満ちた表情のキールに、俺は妙な違和感を覚えさせた。
「もう二度と立ち向かってくる気が無くなるくらい、ケチョンケチョンにしてやるわ」
「火山までガツーンと吹っ飛ばしてやるの」
ファイティングポーズを取る女神たちにキールはフフンと鼻を鳴らし、腰に両腕を構えてグッと握った。
「何する気だ? 無駄な抵抗はやめとけ?」
おバカなキールのすることだ。
予想外の変なことで自爆するだけだろうと高をくくって見ていると。
「ふっふっふっ……ハァッ!」
キールの気合いの声と共に一陣の風が吹き荒れ、水や砂を巻き上げ周囲の建物を強く叩いた。
それは限界まで閉じ込めていた炎が一気に爆発し空気を押し出したような力強さで、遠巻きに様子をうかがっていた人間たちも危機を感じ、街から出ていきそうな勢いで走り始めたくらいだった。
「なんだよこのオーラは!?」
興行所にいたときには感じなかったプレッシャーに俺の背中を冷や汗が伝う。
ずーっと胸を圧迫され続けているような、周囲のすべてが燃えて空気が薄くなっているような。
そんな息苦しい感覚に意識を手放したくなったが、気合いを入れて持ち堪えた。
「ルルドが暴れ回ってくれたお陰で、負の感情が集まって三級魔になったっす!」
意気揚々と拳をかざし高らかに宣言するキールに、俺たちは思わず目を剥く。
たった十数分の間に四級から三級に階位が上がっただと!? せっかく四級神になって同格として数の優位で圧倒していたのに、相手の方が格上になったとなれば話が変わる。
力押しで来られたらどうなるかわからなくなった。
「嘘や冗談の類じゃなさそうね」
発せられているオーラが偽りではないと物語っている。
それをレナも感じてか額に一筋の汗を流した。
「あんな力で暴れたら街が壊れちゃうよ」
解放しただけで突風のような現象を起こすほどの
力を込めた拳一発がどれほどの威力を持つか。
しかし知能まで成長しているわけではないはずなので、考えなしに放たれる攻撃は、まさに子供が竜巻を操るがごとき事態になりかねない。
「街の被害を抑えつつ人間を守りながら戦う……三人で連携しないと厳しいな」
まさか
しかしキールをどうにかしないと、この街そのものが無くなる可能性すらある。
必ずここで終わりにしなければという使命感が俺の胸にしめていた。
「この湧き上がるような力、どれほどのものかお前たちで試してやるっす」
実験の被験者として扱ってやると豪語してくるキールに、俺はこめかみをピキッとさせる。
力を手に入れたことで調子に乗っているようだが、子供の遊びに付き合ってやる義理はない。
使命感と怒りに闘志を燃やし、俺は黒剣の切っ先を相手へと向けた。
「最高神の子供を舐めるなよ。例え階位に差があっても、才能と実力で埋めてやるよ」
スッと見定めた瞳がキールを射抜く。
ほんの少し前までは相手のレベルアップに面食らっていたが、決意して覚悟を決めてしまえば恐れなど微塵も感じなくなっていた。
「そんな脅し文句でビビると思ってるっすか? 格下が何人束になって来ようと、今の俺なら楽にやれそうな気分っす」
腕試しをしたくてウズウズしているように、キールはゆっくりと頬を上げる。
その様は先程のルルドを軽く超えるプレッシャーを与えてきたが。
「パルフィ、今だけは天然発揮しないでね。じゃないと人間たちが危ないわ」
「うん。私たちが人間守る。みんなに笑顔を取り戻す」
二人の女神たちも気合い充分、鍋のフタと羽根帽子を構えて臨戦態勢を取った。
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