第41話 光と影の攻防(4)

「私に攻撃しようとしたら、この兵士たちがどうなっても知りませんよ」


 両手を前へ突き出し二人の人間をルルドは見せつける。

 握る力を強めたのか兵士たちからは苦しそうなうめき声が耳に届く。

 あともうひと押し力を込めれば骨と内蔵が砕ける音が周囲に響くかもしれない。

 そう思われた、


「さぁっ! 無駄な抵抗はやめて、今すぐ──」

「もう終わってる」


 次の瞬間、影鎧の後ろの岩場に立っていた俺の声を聞いて、ルルドは言葉を失った。


「なっ……」


 直後、影鎧の両腕が激しい音を立てて水の中に落ちた。


「くっはっ……」


 着水してすぐに煙のように消えた影の腕。

 そこから息を切らしながら兵士たちが自力で立ち上がると、慌てて仲間のもとへと駆け戦場から離れていく。

 後には水の中で両腕を失った状態で茫然としている影鎧と、〝黒い剣〟を持ち短く息を吐いてゆらりとルルドを見上げる俺だけが残った。


「なっ!? どこからそんな剣を!? というか、今どうやって腕を斬った!?」

「あん? ただハリセンを黒剣に変えて、岩場を跳んで一息に斬っただけだぜ」


 俺の何気なく聞こえるような一言に〝私の目には何も映らなかった〟とおののき、ルルドは一歩後ずさる。

 パルフィのヘルメットの神具がバリアの張れる羽根帽子になったように、俺のハリセンも切れ味鋭い黒剣へと変質させることができる。

 過去に妖獣ラウルを倒すときにしか使ったことはなかったが、初めて人間相手に使用し吐き気がするほど汚れた気分になった。


「ず、ズルいですよ、そんな速く動けるなんて聞いてない」

「俺たちはネズミらしいからなぁ。人間より速いのは当然じゃねぇか?」


 皮肉を交え昏く嘲笑う俺の表情に怯え、ルルドはさらに一歩後ろに下がる。

 神と人間。

 例えるなら台風と木の葉。

 本来であれば簡単に相手を吹き飛ばせるほどの力量差がある存在同士がまともに対峙すれば、人間はただひれ伏すしかできない。

 人に対して初めて怒りを剥き出しにした神の深淵を覗き込み、人間の瞳は激しく揺れていた。


「今すぐ悪事を止めるんなら、これ以上怖い思いをしなくて済むが……どうする?」


 黒剣をチラつかせ威圧のオーラを放つ俺の姿に、ルルドはギリッを歯を噛みどうすべきか悩むように顔を歪める。

 ここで野望の達成と逆転を信じて神へ挑むか、素直に応じておとなしく役人に引き渡されるか。

 葛藤するように俺の顔と間近にある城を見上げて、どちらを選ぶか必死に考えているのが手に取るようにわかった。


「足を落とせば諦めもつくか?」


 完全に身動きができない状態になれば野望も打ち砕けるだろうと、俺は岩場の上で一歩前へ進み出る。

 ただそれだけで小さく「ヒッ」と悲鳴をこぼすルルドは、もう負け犬のごとき本能の怯えを垣間見せていた。


「行くぜ」


 あえて告知して敗北を宣言させることを促したが、決心がつかないのかルルドは口をまごまごさせるだけだ。

 仕方なく俺は影鎧の両足を削いで戦闘力を完全に奪おうと足にグッと力を込め。

 とっさに俺の横に着地し、羽根帽子に手を添えてバリアを張ったパルフィの行動に思わず目を見張った。


「一体何を──」


 その答えを聞くまでもなく、俺に向かって降り注いだ無数の黒槍が不可視の壁に当たっては砕け、水を跳ね上げ堀を削っていく。

 まるで一斉砲撃のような槍の雨に俺はその場を動けず、バリアの中から攻撃が飛び来る先を見据えるしかできなかった。


「チッ。キールの奴、復活しやがったか」


 攻撃してきている相手のことを思い、俺は小さく舌打ちをする。

 援護のためか、たんに隙を狙ってかはわからないが、このままではルルドに逃げられてしまう。

 どうにか砲撃を止めさたいが〝モノマネ〟は相手が見えていないと使えないし〝モノボケ〟で何かを創造しても黒い槍の雨の中に出た瞬間に破壊されるだろう。

 かと言って当てずっぽうに根源術マナを放ったら、キールに当てるどころか周囲を破壊しかねない。

 激しい黒雨のせいで姿の見えない敵を恨みつつ、止むのを待つしかないかと俺が悔やんでいると。


「ウタが聞こえるの」


 影の槍が降り注ぐ激しい音の間から微かに聞こえる歌声を聞き、パルフィがウタの届いてくる方向に視線を送る。

 その場所にはレナがいたはずだ。

 聞こえてくるのも歌声ということからして、レナが〝ウタネタ〟で何かをしようとしていることがわかった。


「……その身……か……せ」

「なっ……ちょ、やめ……」


 旋律が奏でられている間、漏れ聞こえてきたルルドの焦る声に何事かと行く末を見守っていると。


「キール止めろ! 攻撃を止めろ!」


 空中に浮かんだ影鎧が立ち塞がるように俺たちと槍の間に割り込んできた。

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