第40話 光と影の攻防(3)

「いたよ」


 人間が逃げていなくなった通りを駆け抜け中心街に近づくと、城の目の前まで迫っていたルルドをパルフィが見つけた。


「おい、そこの欲望剥き出しバカ止まれ!」


 相手の背に追いつき吠えるように叫ぶと、ルルドは急激にスピードを緩め、城の目前の通りで石畳を割りながら振り返った。


「なんですか? あなたたちに構っているより大切なことがあるのですが」


 口調は変わらず丁寧だが面倒くさそうな表情を浮かべ、ルルドは大きく溜め息をついた。


「そのまま王城に攻め込もうってんだろ。ちょっと力を手に入れた程度で舞い上がって、バカとしか言いようがねぇだろ」


 わざと煽る言い方をして関心をこちらに向けさせる。

 その周囲を突然の巨大な来訪者に驚いた人間たちが、クモの子を散らすように走り去っていくのが視界に入った。


「さんざん騙されたあなたが私をバカにしますか」

「確かにお前のさっきまでの計略は見事だったよ。けどな、今そうやって野望を剥き出しにしてるお前は妖獣ラウルと変わらねぇな」

「私が害獣ならあなたは私の周りをウロチョロするネズミですね」


 互いに譲らぬ気迫で罵り合う姿を、すぐそばでレナとパルフィも見守る。

 とにかく奇襲をさせることは防げた。

 後はルルドを降参させるか戦闘不能にするかだが。


「いいでしょう。この街を支配する前に邪魔なネズミは駆除しておきましょう。ということですので」


 事態に気づいた兵士たちが城から慌てて出てくる中、俺と睨み合っていたルルドは影の鎧の右腕を振り被ると、


「邪魔はご遠慮いただきましょう」


 クルリと振り兵士たちが渡っていた石の橋を拳で砕いた。


「なっ、人間たちが」


 成す術なく堀に溜まった水の中に落ちていく兵士たちを見つめレナが驚愕に喘ぐ。

 水は大人の胸程度の深さまでしかないようで溺れる者はいなかったが、鎧を着た状態では登れない高さの石垣に、兵士たちの間には混乱と怒号が飛び交っていた。


「私たちの戦いを邪魔されたくありませんからね。障害は取り除いておくのが最善です」


 橋さえ壊してしまえば兵士は出て来られないと、ルルドはニヤリと口角を上げる。

 興行所を乗っ取って事業拡大を図っているままであれば兵士も立派な客だったろうが、街を乗っ取ることに方針転換した今では、多少の犠牲など厭わないと言うように聞こえた。


「借り物の力で粋がってるんじゃねぇぞ」

「見境なくなった時点で終わりね」

「人間をイジメる悪い子は懲らしめるの」


 ハリセン、鍋のフタ、ピコピコハンマーを各々が持ち臨戦態勢をとることで、この場でお前を倒すと暗に告げる。

 興行所で制圧できれば良かったが、悪い方向に展開は進んでしまった。

 もう失態を繰り返さないため、ある程度広さもある王城前ですべてを終わらせる。

 ハリセンを構えた俺は一瞬の隙も見逃さぬよう、注意深く相手の出方をうかがった。


「神殺し。力量差がありすぎて人間には成し得ないことと言われていましたが……私がその第一人者となりましょう!」


 そう言ってルルドは鎧の足にグッと力を入れると地面を陥没させながら高々と跳び上がり、俺たちを踏み潰す勢いで落下してきた。


「調子に乗ってんじゃねぇよ!」


 影鎧の足裏に向かって俺は思いっきり腕を振ると、ハリセンと鎧の足がぶつかり合い腕に強い衝撃が伝わってきた。


「──おらぁ!」


 それを力づくで押し岩を撃ち返すかのごとく振り切ると、影鎧はベクトルに逆らわずクルリと一回転して地響きを鳴らしながら着地した。


「この程度では簡単に押し返されてしまいますか」

「だてに叩笑神ツッコミやってねぇよ」


 養成所を追い出されるような男を舐めるんじゃねぇと豪語しハリセンを突きつける。

 ならばと振り上げ叩きつけてきた拳を、堅牢な鍋のフタがガゴンと弾き、パルフィのハンマーが巨体をドゴンと押し弾いた。


「「だてに守笑神ボケやってねぇよ」」

「二人して俺の真似して得意げになってんじゃねぇよッ!」


 一撃を防ぎフフンと鼻を鳴らしながら勢いづくレナとパルフィに、俺は叩笑神ツッコミの本能を発揮する。

 しかし余裕すら感じる態度で敵を見据える背中は心強さすら覚えた。


「くっ……これが神の力ですか」


 直接力比べをするのは初めてだったルルドは、神々の攻防にたじろぎ距離を取る。

 所詮は他人の力を借り影の鎧で体を覆っただけ。

 オリジナルのように影の形を変えたりできない。

 だからこそ攻撃力はあっても直接的な打撃しか行えず、防御してしまえばなんなく無効化できてしまう。

 その事実に、ルルドはグッと唇を噛んだ。


「それならば」


 何を思いついたのかルルドは視線を俺たちから外し、城の堀の中へ飛び込むと大きな水しぶきを上げた。


「一体何を?」


 岩壁の上から水の中に立ったルルドを俺は訝しげに見つめる。

 足場の悪い場所に自ら入るのは戦闘時においては愚の骨頂だ。

 その意味不明な行動に俺が意図を汲み取れず、後追いすることをためらっていると。


「あっ、兵士たちが捕まったよ」


 ルルドは影鎧の巨大な両手で兵士を一人ずつ掴むと、見世物を披露するようにこちらに向けて見せつけて来た。


「はははっ。これであなたたちは私に攻撃できませんね」


 暴れ回る兵士を物ともせず、人形のように荒く扱う仕草にレナの眉がピクンと上がった。


「人間を人質に取るなんて、とことんゲスまで堕ちたわね」


 影鎧から滴る水のように人間性まで落ちていくルルドに、レナの表情は険しくなっていく。

 ここまで人間は悪になれるのかと、嫌悪感というより人間たちからたくさんの感謝と想いを受け取った自分の立場を思うと、心苦しさが波のように押し寄せてきた。


「さぁ、おとなしくこの街から出ていきなさい。この街の人間がどうなろうと爆笑神おわらいであるあなたたちには関係ないでしょう。それこそ人間なんて掃いて捨てるほどいる。他の街や国に行って人間を一時の笑いに巻き込めば充分なはずです」


 この街の人間の不幸なぞ見て見ぬ振りをしなさいと言ってのけるルルドに、俺の中の何かがプチンと切れた。


「あんたねぇっ!」

「レナ、俺がやる」


 憤る仲間を手で制し俺はスッと一歩まえへ踏み出す。

 そして水の上に人が数人乗れるほどの四角い岩の足場をいくつも生み出し軽やかに着地すると、ハリセンをグッと構えた。

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