第49話 結実のとき(1)

「お前が犯した罪、償ってもらうぞ!」


 飛翔を止め重力に任せて、俺の体は直上から相手に向かって降下を始める。


「勝ったつもりになるなっす!」


 神力ジンを込めた俺の黒剣を短剣で受け止めたキールは、足元の地面を陥没させながらもギリギリのところで耐えた。

 しかしわざわざ声をかけて攻撃を仕掛ければ防がれるのは自明の理。

 俺の真の狙いは──


「レナ、やれ!」


 斬りつける勢いは止めず仲間の名を呼んだ俺の声に呼応するように、レナが大盾を振り上げながら向かいの建物から飛び降りる。

 キールは首だけ振り向くが、意識を逸らした瞬間に俺がさらに神力ジンを剣に込めると、重くのしかかる圧力でキールはその場から動けなくなった。

 そこに、


「ハァッ!」


 レナの大盾が勢いよく横薙ぎに振られると、脇腹を強打されたキールは地面を激しくバウンドしながら吹っ飛んでいく。


「パルフィ、やっちゃって!」

「いっくよー!」


 さらにレナが吠えると小柄な人影が一軒家ほどの巨大なハンマーを振り仰ぎ、転がってきた体を打ち返した。

 するとキールは放物線を描いて大空へと舞い上がり、氷漬けになったままの影騎士の胸部分にぶつかると氷にめり込んで動きを止めた。


「このまま畳み込みかけるわよ」


 確実な手応えに気分を高揚させているレナは、我先にと飛翔してキールに肉薄していく。

 その背中に追随すると、視線の先でキールが自暴的に笑った。


「もう……許さないっす……」


 ひび割れた氷の奥、氷像となっていた影騎士の体に触れ堕落魔アンチは呟く。

 次の瞬間、巨体の胸が赤く明滅を始め、まるで心臓の鼓動のように脈打ち始めた。


「何をした!?」


 妙な胸騒ぎに俺は危険を感じ空中で停止する。

 レナとパルフィも異様な雰囲気に急制動をかけた。


「素直に教えると思うっすか? 俺と一緒にこの街ごとお前らも消えればいいっす」


 自暴自棄な発言をしつつも不敵な笑みを浮かべるキールに、狂気の気配がうかがえる。

 この街ごと消えればいい……つまりすべてを消し去るようなことが起きると奴は告げている……


「まさか!? 爆発させる気か!?」


 その答えにたどり着き、俺は目をこれでもかと目を見開く。

 そんなことになれば、街だけでなく街にいる人間も言葉通り全員消えてしまい、残るのは巨大なクレーターのみになる。


「何考えてるのあいつ!?」

「爆発したら、みんないなくなっちゃうの!」


 事の重大さに女神たちの全身の筋肉もこわばる。

 どうにかして爆発を止めるか影騎士を街の範囲外に追いやるかしないと本当に終焉を迎えてしまう。

 状況は一刻を争った。


「さぁ、みんな吹っ飛ぶっす」


 そう言いながらキールの体が影騎士の中へと沈んでいく。

「俺と一緒に」と言っていたことを考えると、おそらく自分の命を対価に持てるすべての力を爆発力へ転換するつもりだろう。

 まさしく捨て身の戦法に、相手の本気度がうかがえる。

 俺は速まる鼓動を抑えるように胸に手を当てると、キッと黒い巨人を睨んだ。


「キールが中に隠れちまった以上、爆発を止めるのは無理だ。できるだけ遠くにぶっ飛ばすぞ」

「わかったわ。私が持ち上げるから二人は思いっきり遠くにぶっ飛ばして!」


 レナはそう告げると〝ウタネタ〟能力を使い旋律を紡ぎ出す。

 それは嵐を連想させる力強い歌声で、周囲の空気が次第に巻き上げられ吸い込まれるように影騎士へと集まっていく。

 すると風が氷に閉ざされたままの影騎士を包み込み、低い地鳴りを伴ってゆっくりと地面から離していく。

 大きな氷の欠片がガラガラと零れ落ちていくが、それすらも風は巻き上げ建物へ落下するのを防いでいた。


「行っくよー」


 さらにパルフィが〝モノボケ〟でハンモックのような形の巨大な網を生み出すと、影騎士を包み込みギリギリと音を立てて網を引いた。


「飛んでくの!」


 パルフィが叫んだ直後、しなっていた網がパチンコを弾くように解放され、風を唸らせながら影騎士を真上に打ち上げる。

 巨体が高速で動く勢いで吸い上げるような風の流れが全身を襲い、巻き上がる砂や石ころが視界を駆け上がっていく。

 そんな竜巻のような暴風が吹き荒れる中、俺は力を凝縮するイメージを強めながら右手を高く掲げた。


「〝モノマネ〟」


 直後、最高到達点まで打ち上がった影騎士の真下にもう一体の影騎士が現れる。

 そして新たな影騎士は頭を下にしてグッと両足を屈めると、渾身の脚力で氷を蹴り上げた。

 近くの山の高さを超えていたキールの影騎士がさらに高みへと上昇していく。

 反対に落下していく〝モノマネ〟で作った巨体は、街に落ちる寸前に瞬時に空気に溶けて消えた。


「パルフィ、街の上にバリアを!」


 俺がすかさず指示を出すとパルフィは頭の羽帽子に手を添え、街に天井を張るようにバリアを展開する。

 それを視界に収めつつ、俺も〝モノマネ〟で同じくバリアを広げピッタリと重ねる。

 そして影騎士が豆粒ほどに小さくなったのを確認した、次の瞬間──


「うおっ!」


 太陽が増えたかのように黒い光が空を駆け抜け、激しい爆発音が響き渡ると二重に張ったバリアに一気にヒビが入る。

 遥か遠くまで離れているのに鼓膜を突き破りそうな勢いの音に、俺とパルフィはバリアが壊れないように必死に下支える。

 普通の爆発なら一回の衝撃で終わるはずだが、エネルギーの放出に近い影騎士の暴発は地上へと向けて持続的に降り注ぐ。

 あまりの勢いにバリア自体も徐々に下がり始め、闇が街へ近づいてきた。

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