第48話 交差する神と魔(6)

「なんか思いっきり体を動かしたい気分っすね」


 埋まっていた影騎士の体を解すようにストレッチをし周囲にある街並みをグルリと一望すると、キールはニヤリと白い歯を見せた。


「鈍器で殴ってくれたペナルティっす」


 そう言って何を思ったのか影騎士の足をグッと下げて身を屈めると、盛大に土と瓦礫を跳ね飛ばしながら街中を駆け出し始めた。


「あいつ、逃げる気!?」

「違う、街中を走り回って破壊する気だ!」


 一直線ではなく蛇行しながら走る背中を見て、俺はレナの言葉を修正する。

 歩くだけで簡単に建物を潰せる巨体が街中を疾走する。

 放置しておけば三十分もしないうちに街そのものがただの廃墟と化してしまうだろう。


「あいつの足を止めるぞ」


 一刻も早く制止しなければ建物だけでなく人間も踏みつぶされて犠牲になる。

 見えてはいないがすでに犠牲者が出ているかもしれない。

 俺たちは一斉に巨体の後を追いかけた。


「あのスピードじゃ追いつけないの」


 全力で走っても少しずつしか距離は縮まらないと、パルフィが嘆く声がすぐ後ろから聞こえる。

 しかも影騎士が走ると跳ねた瓦礫が飛んできて、それがさらに接近を難しくしていた。


「コースを予測して先回りするしかねぇな……あっちだ」


 意識してるのか無意識かはわからないが、キールは蛇行しながらも行きたい方向に影騎士の体がわずかに傾かせる。

 お陰で進路を予測することができた。

 通りを人間では出せないスピードで走り、俺の指示で街の中心部から住宅密集地へと進路を取る。


「来たわよ」

「とにかく動きを止めることに注力してくれ」

「わかったの」


 街の外周にたどり着き、予測通りこちらへ向かってきたキールに対し三者三様の構えで迎える。

 戦略を練る暇もなく追いかけたので臨機応変に対処するしかない。

 できるだけ被害を抑えながら取り押さえたいが、制止まで長引けばそれだけ被害が拡大する。

 足を止めるだけでいい。

 それだけで救える命がある。

 俺は気持ちをグッと引き締めると、手にした黒剣を正眼に構えた。


「これ以上、暴れさせないの」


 まずはパルフィが頭に被った羽帽子に手を添えると、今までで見たことないような輝きを放つ。

 すると俺たちの頭上、遥か高く青い空からドーム状にバリアが広がり、俺たちと影騎士を内側に街の一角を包み込んだ。


「ハハッ、こんなバリア!」


 勢いそのままキールは影騎士を操り、肩から体当たりするように突進する。

 するとバリアにぶち当たった瞬間、空気が振動するようにバリアがたわんでドーム全体が震えた。


「へぇー、意外とやるっすね。でもこれならどうっすか!」


 一撃目に耐えたバリアを喜々として見据え、キールは影騎士の両腕を脇に構え太鼓を打つように拳を連打させる。

 水面に波紋が走るように何度も揺らいでは衝撃を吸収し波打つバリアに、キールはムキになって強撃を続けた。


「硬いと壊されるから逆に柔らかくしたのか」


 パルフィの意図を読み取り俺は心の中で称賛を送ると、この機を逃すまいと疾走する。

 そして影騎士のすぐそばまでたどり着くと、バリアに気を取られている相手の軸足を一閃した。


「わわわわっ」


 足を失いバランスを崩され、拳を突き出したままの姿勢で前方に倒れ込む影騎士に、キールは目を声をバリアに反響させながら正面衝突した。


「レナ、凍らせろ!」

「まっかせて! エターナル・フリーズ!」


 動きの止まった巨体に向けてキラキラと輝く大質量のダイヤモンドダストが吹き荒ぶ。

 その雪の結晶に触れた所から黒い影が透明な氷に包まれていく。


「マズイっす!」


 このままでは自分も氷に捕まってしまうと、キールは慌てて体を鎧から引き剥がし。

 直後、影騎士の胸部を氷が伝っていくと、ブリザードが収まった後には黒を内包したキラキラと輝く氷の虚像が完成した。


「よっし! 足止め成功っ!」


 ガッツポーズを決めた俺の視線の先で、キールが悔しそうに唇を噛む。

 これで街の被害を抑えることができた。

 後はすべての元凶を倒すだけだ。

 俺は勢いよく体を飛翔させると、心乱れているキールに向かって一気に距離を詰め黒剣を振るった。


「くっ……」


 動揺が抜けきっていないのか反応が遅れたキールは、避けきれず胸に深い裂傷を刻む。

 それでもなんとか影を渡り俺から距離を取ると、地面に片膝をついて空を睨んだ。


「少し甘く見てたっすかね……」


 瞬時に傷口を塞ぐも今までの修復と能力行使で大きく力を消費したのか、先程までの威圧感は感じられなくなった。

 巨大な影騎士を作り出した上に、何度も大きなダメージを受けたことが響いているようだ。

 俺は飛び寄ってきた仲間を視界に捉えつつ、高みからキールを見下ろして声を張り上げた。

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