第47話 交差する神と魔(5)

「パルフィ、ナイス!」


 受け身も取れずに倒れこんだ影騎士を見て、攻撃の手を止めた功労者を称える。

 しかし悠長に喜んでいる場合ではない。

 チャンスは物にせよとばかりに、俺とレナは互いに頷き合って駆けると土煙上がる中を突っ切り、横になっている影騎士の胸に向かって剣と大盾を振りかざして飛び込む。

 いかに相手が格上だろうが、神具がまともに当たれば無傷では済まない。

 この一撃で沈めるつもりで思いっきり力を込めて振り下ろそうとした瞬間。


「甘いっす!」


 吠える声が聞こえたかと思うとキールの周囲にある鎧部分から影が伸び、反対に俺たちを串刺しにしようと迫ってきた。


「ゼノ!」


 空中で急制動をかけ慌ててレナが俺の前に滑り込むと、大盾をガンガンと貫こうとする音がいくつも反響しては折れ曲がって弾かれていく。


「キャッ!」


 物量に耐え切れなかったのかレナが悲鳴を上げると、俺と共に押し流されるように後退させられ、最後には飛ぶための集中力が薄れて地面に仲良く背中から落ちた。


「ちくしょ……あんなんアリかよ」


 影すべてがキールの武器となるのだからアリなはずなのだが、隙を突いたと思ったところにカウンターを喰らい、俺は愚痴をこぼしながら立ち上がった。


「レナ、ゼノ、大丈夫?」

「一応、ね」


 急ぎ空から降りて来たパルフィが心配そうに顔を覗き込んでくるのに、レナは無理にウインクを返す。


「正面突破は難しいか……」


 相手に攻撃が来ると認識されている状態で攻めても、返り討ちに遭うのは身をもって体験した。

 攻撃するのを気づかれないうちに当てるか、影騎士そのものを消し去らないと本体にダメージを与えるのは厳しいだろう。

 問題はどうやってそれを実現するかだが……


「やってくれたっすね」


 石畳をメキメキと壊しながら立ち上がったキールは、再び高みから俺たちを見下ろす。

 影騎士の肩に乗っていた瓦礫が落ち、横にあった民家を一息に押し潰す光景を横目に俺は視線をグッと上げた。


「お返しのペナルティっす」


 訳のわからないことを口走るのを聞き、一体なにをするのかと右手で黒剣を強く握り警戒度を高めた。

 するとキールは前方にある街並みを見渡して影騎士の右腕を上げ。


「コア・ジール」


 先程と同じ根源術マナを影の手の上に発動させると、今度は複数の炎球を生み出し街中へ向かって投げ放った。


「なっ……」


 着弾とともに爆発し次々と炎を吹き上げる建物に、俺はまぶたを限界まで開く。


「こんなことしたら、人間が街からいなくなるわよ」


 人がいれば街は再興できるが、その人間そのものを消し去りかねない所業にレナも唇を噛んだ。


「ハハッ、いいっすねー。街のあちこちから負の感情が流れ込んで来るっす」


 恍惚とした表情で食事を楽しんでいるかのような声に、俺は抑え切れない感情を共にキールへ視線を向けた。


「人間は生かさず殺さずが一番良いって言われてたから加減してたっすけど、これなら火山をチマチマ噴火させてないで、最初からこうしてれば良かったっす」


 遠くから聞こえてくる悲鳴や怒号の合唱に気分を良くしたのか、キールは今度は影騎士の左手を上げた。


「させるかよ! スキャッター・フィスト」


 撃ち出した巨岩が肘をガンッと跳ね上げると、再び街に炎を放とうとしていた腕が炎に触れ、影騎士の頭上でいくつもの灼熱の花が咲いた。


「パルフィ行くわよ!」

「うん!」


 続くように女神たちが地面を蹴り一気に影騎士の胸の高さと同じまで上昇し。


「セイバー・スラッシュ」

「レイ・ピアース」


 キールに向かって水の槍と風の刃を放つ。

 しかし近距離からの攻撃すらもキールは影を巧みに操って迎撃し、二人に影槍を殺到させた。

 それを今度はパルフィがバリアを張って防ぎ、そのまま空中に留まって耐えていると、影騎士の足元の土が円筒状にヘコんだ。


「なんすかぁっ!?」


 突然バランスを崩されキールが驚き叫ぶ。

 足元にいきなり落とし穴が開いたような倒れ方に、キール個人なら飛んで堪えられただろうが巨体では対応できず穴に地響きを立てながら落ちた。


「な、何が起きたっすか?」


 かろうじて穴のフチに腕を引っかけて止まった巨体。

 そこから聞こえたキールの声に、俺は内心ほくそ笑む。

 影騎士の体は半分以上が穴の中に落ちており、まるで円筒状の風呂にでも浸かっているようにも見える。

 しかしキールにとっては、そんな悠長な事態ではなかった。


「閉じろ」


 俺が拳をグッと握った直後、穴が一気に土で塞がる。


「ちょっ、なんなんすか!?」


 自身は埋まらなかったものの、影騎士の胸から下がすべて地面の中に埋没させられたキールは巨体の腕を操り力づくで脱出しようとするが、土の重量はバカにならない。

 わずかに埋まった土を盛り上げるものの一気に抜け出すには至らず、根のびっしり張った雑草を引き抜くようにメリメリと低い音だけが周囲に響く。

 そこへ畳み掛けるようにレナが飛びかかり、もがいて意識が逸れていたキールの顔面に大盾の角が直撃した。


「痛ったぁあああああ、って本当は痛くないっすけどね」


 大袈裟に顔面を振った直後、おどけるように舌を出して全然平気だとアピールする。

 本当に痛くないのは羨ましい限りだが、痛みを感じなかったということはそれなりのダメージを与えられたということだ。


「痛くはないけどせっかく溜めた魔力カオスが減るから、当たらないに超したことはないっすね」


 レナを影で牽制し遠ざけ影騎士の体をわずかに縮小。

 地面から力づくで巨体を引き抜きながら、キールは〝もう同じ手は食わない〟とばかりに立ち上がった位置から見下ろした。

 どうやらダメージを受けた部分は修復が可能なようだが、その分だけ魔力カオスを消費するらしい。

 つまり見た目上は無敵のように見えるが、ダメージを与えれば相手の力を削ぐことはできるということ。

 そしておそらく内包する魔力カオスが無くなれば倒せるはずだ。

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