第46話 交差する神と魔(4)

「レナ、パルフィ!」


 攻撃を防いで貰おうと仲間の名前を呼ぶが時すでに遅く。

 影騎士の拳は限界まで振り上げられると、周囲の空気を巻き込みながら目にも留まらぬ速さで、建物がひしめき合っている一角に叩きつけた。

 ひしゃげる複数の屋根や壁を起点に衝撃波が広がり、拳の当たっていない建物も竜巻に巻き込まれたように吹っ飛び、その破片がさらに別の建物を破壊していく。

 燃えていた炎すら消し去る爆発のごとき衝撃が収まると、周囲二十軒ほどの建物はただの瓦礫と化し、直接拳が当たった場所には数軒の家が入るほどの陥没ができていた。


「やりたい放題やりやがって……」


 体にのしかかる壁の残骸を押し退け、俺は元凶となった相手を睨む。

 キールは自分の力を誇示するためだけに人間の生活拠点を奪った。

 その度し難い凶行は断じて許されるものではない。

 幸い近くの人間はすでに退避していたようで、吹き飛ばされたり瓦礫の下敷きになった者はいないようだったが、被害を免れた民家や店からは隠れていた人間たちが次々と通りに飛び出し逃げていくのが目に入った。


「家を守るの、間に合わなかったの……」

「でも誰もいないみたいで助かったわ」


 人的被害はなかったものの、守る力があるのにそれができなかった二人は沈痛な面持ちだ。

 突然の出来事とはいえ、もし人間が巻き込まれていたらと思うと、俺も改めて緊張の糸を張り詰めるべきと感じた。


「どうっすか? これが三級魔の実力っす!」

「うるせぇ! 力を誇示したいだけの奴がはしゃいでるんじゃねぇっ!」


 周囲の惨状を気にも止めず、ただ褒めて欲しいだけの子供のような無邪気さに、余計に神経を逆撫でられる。

 自分が良ければ周りにどんなに迷惑がかかろうと関係ない。

 そう思っているとしか考えられない言動に、俺は敵対する意思を強調するように黒剣の切っ先を相手に向けた。


「力無き者は戦場では生きて行けないんすよ」

「力がすべてだと思う奴ほど、それに溺れて破滅の道を歩むらしいぜ」

「滅びゆくのは力無き命っす。力の無い者は蹂躪される運命なんすよ」

「命のない機械が命を語るな」


 戦いの道具として作られた機械が命の優劣を口にする。

 冗談ではなく本気でそう言っている瞳は、殺戮機械人形の様相を呈していた。


「これ以上の問答は本気で無意味みたいだな」

「元々、分かり合えるなんて有り得ないんすよ。存在理由も価値観もまったく違うんすから」


 いくら言葉を重ねても歩み寄ることは不可能だと告げるキールに、俺は大きくため息をつき大きく頭を振る。

 そして両手でしっかり黒剣を握ると、正眼に構え覚悟を決めるように短く息を吸った。


「互いに譲れない思いのため。俺はお前を止める」

「口だけなら誰でも言えるっす。実力差のある相手に勝てるつもりなら、それは妄想っすね」

「妄想だろうがなんだろうが、最後に立っていたほうがこの街と街の人間の命運を握るんだ」


 人間に対処できるレベルの相手ではない。

 俺たちが負ければ大災害が起きたように、街が人間がここから消え去ってしまうことだろう。

 自分たちの手で止められる災害ならば絶対に止めてやると、俺は瞳に炎を揺らがせた。


「その気概ごと消し去ってやるっす!」


 直後、前哨戦は終わりだと告げるようにキールは無数の影矢を放つ。

 それは黒い雨のごとく地上や建物に降り注ぐと、土が抉られ、壁が貫かれ、土と木が舞い上がり。

 無数の穴が見える範囲すべてに穿たれていく。


「やらせないわよ!」


 斜めに降る豪雨のごとき影矢と俺の間に、レナが強引に割り込み鍋のフタを構える。

 そのままでは防御範囲の狭く防ぎ切ることは不可能かと思われたが。


「へぇ、やるっすね」


 感嘆の声を漏らしたキールの視線の先で、鍋のフタが淡く輝き体を隠せるほどの大盾に変形した。

 鉄壁の城塞をかたどった模様を備える楕円形の大盾。

 レナの神具であるそれに影矢が当たると、矢は軽々と弾かれ周囲の地面に突き刺さっていった。


「いつまで防いでられるっすかね」


 しかし止みそうにない豪雨にその場から動くこともできない。

 攻撃は問題なく防いでいるものの、ルルドとの戦いをなぞるように膠着状態になってしまった。


「ここは俺が──〝モノマネ〟」


 状況を打開しようと俺がキールの能力を模倣し地上から上空に向かって黒い矢を無数に放つと、影騎士は両腕をクロスしてキールを守った。


「ハハハッ! しょせん猿真似の付け焼き刃じゃ勝てないっすよ!」


 防御しながらも攻撃を続けるキールの高笑いに、俺は内心毒づきながらも攻撃を続ける。

 このままでは消耗戦になってしまう。

 内包したパワーがあちらの方が大きいので、先に力尽きるのはこちらだ。

 何か別の対策が必要になるのだが、レナも防御で手一杯だった。


「私に任せるの」


 そこにパルフィが躍り出ると周囲にバリアを張りながら体をフワリと浮かせた。


「何を?」


 俺は仲間に当てないように影矢を操りつつ大盾の隙間から見守っていると、パルフィはキールの攻撃を弾きながら飛翔し、影騎士の腕をクロスして前方が見えなくなっているキールの前まで到達すると。


「ていっ!」


 バリアを張ったまま巨大な黒い頭に突っ込み、ドゴンッと強烈な打撃音を周囲に奏でた。

 直後、


「ちょっ、おおっ!?」


 見えない位置からの攻撃に重心をズラされた影騎士がバランスを崩すと、キールをその身に宿したまま崩れた家々のある地面へ盛大な土煙を上げながら倒れた。

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