第45話 交差する神と魔(3)

「俺たちはそれ以外にすることがないし、そうとしか動けないから仕方なく」「お前は抗おうとしたのかよ!」


 何もかも諦めてただ命令に付き従うキールの言動に、俺は言葉を遮って己の思いをぶつけた。


「思考があるなら、感情があるなら、自分で考えて行動を変えることだってできるはずじゃねぇかよ! ただ指示に従って悪事を働いて、お前はそれで良いのかよ!」


 キールは神や人間と同じように言葉を発し、自らの考えで行動していた。

 それならば止めるという決断もできるはずだが。


「抗うとか抗わないとかの問題じゃないんすよね。確かに自由に考える思考や感情もあるっすけど、何をどう足掻こうと変えられないものもあるんすよ。それに」


 キールは人差し指を頭に当て、口を大きく釣り上げると、


「俺自身も結構楽しくやってるっすからね」


 白い歯を見せて本当に楽しそうに笑った。

 その笑顔が心底嬉しそうで、俺は自分の考えと絶対に相容れないと本能が感じ、今まで悩んでいた気持ちが嘘のようにすべて吹き飛んでしまった。


「……そうかよ」


 己の行動に疑問も持たず後悔もしていない堕落魔アンチの様子に、俺の心にマグマが噴き出しグツグツと煮えたぎる怒りは、全身の体温を一気に上昇させていく。


堕落魔アンチってのは、命のない魔力カオスの塊……で、いいんだよな?」

「そうっすよ。爆笑神おわらいや人間とは違い、人工的に造られた道具っすから。この世界にある時計台や写真機と同じ、仕掛けで動く機械も同然。命も魂もなーんにもここには入ってないっすよ」


 キールは卑下することもなく、ごく当然と言うように親指を自分の胸に向けてトンと当てた。


「なら──」


 本人から確定の言葉を聞き、俺は影すら置き去りにするように瞬時に移動すると。


「──遠慮はいらないよな」


 キールの背後から黒剣を横一文字に振り抜いた。


「……チッ、避けられたか」


 まともに両断したと思った相手の姿が離れた位置に移動し、俺はわかりやすく舌打ちをする。


爆笑神おわらいってのは背後からの不意打ちが好きなんすか?」


 家二軒分ほど離れた位置から背中越しに首だけ向けて、呆れたように溜め息をつきつつキールは質問してくる。

 命を奪うことに拭い切れない躊躇があったせいで動きをセーブしながら戦っていた。

 その枷を外しての一撃だったが、今の動きを見るとキールも本気を全然出していなかったことがうかがえた。


「まがりなりにも相手は三級魔だからな。四の五の言ってられねぇし、手段も選んでられねぇんだよ」


 四級神になり基礎的な神力ジンが上がったお陰で身体能力も向上したが、キールは俺たち以上に速そうだ。

 本当に不意を突くか身動きを止めてから強力な一撃を加えないと倒せるイメージが湧かなかった。

 力比べでは勝つのはおそらく難しい。

 戦略と連携を持って戦うしかない。


「なら、背中を狙えないようにしてやるっす」


 そう考えていた矢先、キールは何を思ったのか周囲にある家や瓦礫に落ちる影を集めだす。

 それはルルドに影鎧を貸与したときとは雲泥の差で膨大な影の量に、吸い込まれるのではないかと錯覚を起こしそうになるほどだった。


「なんかヤバそうね。一旦距離を取るわよ」


 レナも危険を察知したのか、パルフィを連れて大きく後ろに跳び、俺も本能に従いキールから離れ行く末を見守る。

 集めた影はすでに影鎧の背丈を超え、大きくなるにつれてさらに広範囲からも夜闇のような影が収束していく。

 それはまるで夜そのものが形を持ち、一本の樹として育っていく様にも見えた。


「こいつは……」


 やがて腹を満たした獣のように立ち上がった影の集合体は、全身鎧のような堅牢な外装にスラリと長い足と腕を持ち、反対にゴツい胴体は二階建ての家をまるごと収納できそうなほど大きい。

 その姿はまるで黒い金属の鎧で全身を固めた騎士のようだった。


「ハッハッハッ。これで背中から不意打ちを狙うことはできないっすよ!」


 影騎士の胸部に手足を埋め込みながら高笑いを上げるキール。

 見た目としては心臓機能を果たすように影騎士の動力として組み込まれたような形だ。

 キールの言うとおり背面は分厚い装甲で覆われ、背中から攻撃を通すことは難しいだろう。

 鎧を身にまとい巨大化したキール自身と考えて差し支えない。

 しかし、


「三級魔になっても、あいつやっぱりアホだろ……」


 単体では俺をあっさり上回った足の速さを犠牲にし、背中は狙えなくなったものの手足以外は体が影から剥き出しになっている。

 あれでは〝ここを狙い撃ちしてください〟と宣言しているようなものだった。


「でも力だけは私たちより上のはずだから、あの巨人のパワーは侮らない方がいいわね」

「あんなのが暴れたら、街が無くなっちゃうの」


 影騎士の体長は街にある時計塔を超え、首を大きく曲げないと頭の先まで見えないほど高い。

 こんなものが街中を歩けばそれだけで建物は簡単に蹴り飛ばされ、ただの瓦礫と化すだろう。

 かと言って人も建物もない場所に連れて行くこともできない。

 短期決戦で被害を最小限にするよう努力するしかなかった。


「街が無くなるのが先か、それとも三人が倒れるのが先か。見ものっすね」

「強くなったからって、何もかもが思い通りに行くと思うなよ」


 すべては自分の手のひらにあると豪語するキールに、俺は黒剣をブンッと振りかざす。

 これ以上調子に乗らせておくのも腹が立つ。

 自らを道具だと主張するのであれば、道具は道具らしくおとなしくなって貰う。

 勝手に暴れて迷惑をかける道具なんぞお払い箱だ。


「さっきは怖かったけど、大きいだけのおもちゃなら怖くないの」

「廃棄処分してあげるから覚悟しなさいよ」


 パルフィとレナも街の危機に奮い立ち、威風堂々と相手を見上げた。


「だったらこれを防げるっすか?」


 完全に舐め腐った物言いでキールは口の端を上げると、影騎士が右腕を上げた。

 その腕と視線は俺たちのいる方向ではなく、まだ被害の無かった近くにある建物へと向いていた。

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