第44話 交差する神と魔(2)

「あんたは痛い目みて反省するくらいでちょうどいいのよ!」


 怒りが収まらないのか、なおも水の刃で相手を翻弄するレナに、キールは顔を青ざめさせながら必死に避けて。


「しまっ──」


 脆くなっていた屋根に足を乗せたのか、ガラリと崩れた足元にキールの体が斜めに倒れかけたところに水刃がスッと通過していった。


「あっ……」


 何も言わずに静かに落ちていったキールの姿に、代わりに俺が思わず声を漏らしてしまう。

 レナもあんな形で当たると思っていなかったのか、呆気に取られたように固まって動きを止めていた。


「キール、死んじゃったの?」

「いや、左腕に当たったようには見えたけど……」


 パルフィがなんとも言えない声音で尋ねてきたのに対し、叩笑神ツッコミの観察眼で見たままを答える。

 死んではいないだろうが腕は無くなっているかもしれない。

 痛みを訴える声が聞こえないのを考えると気絶でもしているのだろうか。

 不用意に踏み込むわけにもいかず、不意打ちに備えて黒剣を構えながら瓦礫の山を見据えていると。


「……まったくなんてことするっすか」


 まるで尻もちでもついた程度の気楽さで、散らばる瓦礫を踏みしめながらキールが道に出てきた。

 半ばから綺麗に切れた左腕を見せつけながら。


「お前、その腕……」


 神とも人間とも違う真っ黒な断面に、俺は自分の目を疑う。


「一定以上のダメージには痛みを感じない機能が働くとはいえ、治すのに大量の魔力カオス消費するから、やめて欲しいっすよ」


 痛みを訴えるでもなくただ面倒くさそうに、キールは斬られた部分を見つめ眉をひそめる。

 普通ならそこには神だろうと人間だろうと、肉があり骨があり血が流れているはず。

 だが黒一色に染まるキールの左腕の断面は、不釣り合いなほど異質に感じられた。


「生物の体じゃない……」


 自分たちと同じく血が流れていると疑っていなかった相手から予想外の片鱗が垣間見え、レナも動揺を隠せないように息を飲んだ。


堕落魔アンチは瘴気でできているってパパが言ってたの」

「──ッ!? パルフィ知ってたの!?」


 怯えていたはずの相方が真実を口にしたことにレナは声を裏返す。


堕落魔アンチは最高魔や一級魔が、私たち爆笑神おわらいを真似て作った魔力カオス人間なの」


 勇気を絞り出すようにレナの横に立ち、キールをジッと見つめるパルフィ。

 そこには天然守笑神ボケの雰囲気は一切感じられなかった。


「知っているのは爆笑神おわらいの偉い奴らだけっすけど、そうっす。俺たち堕落魔アンチは生物ですらない、魔力カオスで編まれた人間兵器なんすよ」

「人間……兵器」


 まるで世間話に興じるかのように気さくに話すキールに、俺は言葉が紡げなくなった。


「かつて最高神だった爆笑神おわらい魔力カオスから堕落魔アンチを創造したのが始まりっす。人間の負の感情から魔力カオスを得てパワーアップする堕落魔アンチ。俺らは階級を上げてこの世界を牛耳るために生み出されたんすよね」


 自身の目的を口にし、キールはフフンと自慢げに鼻を鳴らす。


「なんで最高神が堕落魔アンチなんて生み出したんだよ」

「そんなこと知らないっすよ。じゃあ逆に聞くっすけど、爆笑神おわらいがなぜ生まれたのか答えられるっすか?」


 キールの問いに対し俺は絶句する。

 答える知識も術も持っていなかったからだ。

 元凶となった最高神に聞けばわかるかもしれないが、そいつがどこにいるのか、今も生きているのかすら俺は知らなかった。


爆笑神おわらいを模してるなら、なんで人間の負の感情を集めてるんだよ。同じように正の感情──神力ジンを集めれば、俺たちと争うこともないだろ」


 他人を不幸にするより幸せにしたほうが、誰も損をしないし全員が幸せになれる。

 わざわざ悪事を働く意味が飲み込めなかった。


「喜びより悲しみや恐怖を集めるほうが楽で早いし、堕落魔アンチ魔力カオスで作られてるから神力ジンを集めても意味ないんすよね」


 自分ではどうしようもないことだと他人事のように肩をすくめるキールに、俺の胸には沸々と怒りが湧いてきた。


「そんな自分たちの都合で人間たちを苦しめてるなんて最低だな」

「生み出されたときに本能にそう植え付けられてるから、文句言われても困るんすよね」


 使命だから仕方ないと言っているような物言いに、俺の頭に血が上り始める。

 意思があるなら物事は自分で決められるはずだ。

 それなのに命令されてるからと抗うことなく、むしろ楽しそうに従っている堕落魔アンチの姿は、自分の許容範囲を軽く超えていった。


「目的のためには手段を選ばない、命のない人型の兵器。それが堕落魔アンチなの」


 締めくくるようにパルフィが相手の存在を形容すると、キールは思い出したかのように斬り取られた腕を復活させた。

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