第24話 計略(2)

「例え神だろうと、人間に危害を加えれば裁かれるはずです。ましてや力の強い神が人間に手を出してしまえばどんな結末になるか。下手なことはしないほうが身のためですよ」


 確かに不必要に人間に危害を加えれば、人間の正の感情から糧を得ている神には厳しい罰が与えられる。

 ましてや人を笑わすことが信条である爆笑神おわらいが、笑えない事態を自ら招くことは許されない。


「ゼノ、どうするのよ? 私の色仕掛けでなんとかする?」

「それで解決できたら逆立ちで街中一周してやるわ」


 レナが戸惑っているのかボケているのか、よくわからない手段を提案してくる。

 相手に怪我をさせないように取り押さえないといけないのは確かだが、色仕掛けでどうにかできるような相手では、


「女神の色仕掛けなんて興奮ものですね。是非ともご披露を」「却下!」


 ありそうな気もしたが、目の前でレナが誘惑しているのを見たくないので俺は即行止めさせた。


「じゃあ私が服を脱ぐ?」

「なんか倫理的にアウトな気がするんでやめてください」


 代わりに色仕掛けを実行しようとしたパルフィも即座に制止する。

 見た目的には十八歳以下に見える女神に、セクシーなことをさせるのは色々と危険な気がした。


「じゃあゼノがやるの?」

「男相手になんでオレがやらなきゃならないんだよッ! ってか色仕掛けでどうにかしようとするのやめなさいッ!」


 なおも食い下がるようにキョトンとした表情でパルフィが推薦してきたのを、俺は全力で拒否する。

 何が悲しくて男相手に肌見せたり、誘惑する言葉をかけなければならないのか。


「あの……割とシリアスな場面だと思うんですけど……」

「何? 不服なの?」

「いえ、何でもないです、すみません……」


 爆笑神おわらいにシリアスを求める声にレナが睨みを利かせると、バロンはおとなしく引き下がった。


「よし、じゃあ四人でジャンケンして誰があいつを誘惑するか決めましょう」

「ルルドまで勘定に入れるなよッ! ってか、男が男を誘惑してるの見たいかッ!?」

「人によってはニーズあるかもしれないじゃない」

「どこの誰にだよッ! 他に誰も見てない所でやる意味ッ!」


 ボケ続けるのをツッコむと、レナはしてやったりという顔で口の端を上げる。

 ステージ上でネタとして披露するならコントにはなるが、依頼主と犯罪者二人しか見ていない状況では地獄絵図にしかならない。


「じゃあ間を取って、あの二人に私たちに色仕掛けして貰う?」

「なんで立場逆転させてんだよッ!」


 意味不明な展開を提案するパルフィに、俺の声は会場内に大きく響き渡った。


「あの……」


 神同士で漫才のように言い合っていると、ルルドがオズオズと手を挙げる。


「なんだよ?」


 興奮冷めやらぬ俺が反射的に睨むように振り向くと、ルルドはビクッと体を跳ねさせた後、申し訳無さそうに言った。


「バロンさんたち、逃げますよ?」

「へ?」


 周囲そっちのけでボケとツッコミの応酬をしていたら、いつの間にかバロンたちが出口に向かってこっそりと忍び足で歩き出していた。

 このまま逃してはいつ何をしてくるかわからない。

 前回はまんまと煙に巻かれたが今回は絶対に捕らえてやる。


「レナ、歌え」

「ふふっ、逃さないわよ」


 俺の指示に不敵な笑みを浮かべ、レナが〝ウタネタ〟能力で脳が震えるような旋律を奏でる。


「なっ……体が動かない」


 するとバロンたちはまるで鎖でがんじがらめにされたように、その場から移動できなくなった。


「パルフィ、閉じ込めろ」

「ほいっ」


 そこに〝モノボケ〟の創造力で生み出した檻が空中に現れ、ガシャンと音を立てながら落ちると、バロンとマルクを牢屋の中に閉じ込めた。


「せっかく爆笑神おわらいがネタを披露してるのに途中で帰るなんて失礼よ」

「ネタ披露してたわけじゃねぇだろ。まぁ結果的にそんな感じになってたけど」


 歌って満足したのか爽快に髪を掻き上げるレナに、俺はエアチョップを入れる。

 前回は用意周到に追撃を邪魔され、突如ゴリラが乱入したせいで捕らえられなかったが、ただ人間を取り押さえるだけなら造作もない。


「このまま川にでも流す?」


 首を傾げながらサイコパスな問いかけをしてくるパルフィに、俺は苦笑する。


「そんなことして死んじまったら、俺たち本当に犯罪者になっちまうだろ。役人に突き出して任せるのが妥当だな」

「だったらその前に粉とペンキまみれにしてやりましょ」

「おっ、それいいな。採用」


 レナの提案に俺は悪人のような微笑みをバロンたちに向ける。

 暴行するわけにはいかないが、屈辱のお返しをするぐらいはいいだろう。


「くそっ、こうなったら……」

「何しても無駄な足掻きだぜ? そんな状態で人間に何ができるよ?」


 悔しそうに檻の隙間から両手を突き出したバロンに、俺は肩をすくませて挑発して見せる。

 爆笑神おわらい堕落魔アンチでもない人間が、身動きできない状態でできることなんてない。

 そう確信して余裕の腕組みで見つめていると、バロンの腕が強い光を放った。


「なっ? 魔力カオス!?」


 人間から感じた堕落魔アンチの力に俺は思わず声を上げる。

 人間が魔力カオスを使えるはずがない。

 堕落魔アンチと契約を交わした人間なら使えると聞いたことはあるが、まさかバロンは契約者!?


「な、何が起きるの!?」

「眩しいの」


 予想外の展開にレナとパルフィも上擦った声を漏らす。

 俺も余裕をぶっこいていた反動で一気に全身がざわつき、思考が鈍るのを感じた。


「死なばもろとも。この興行所ごと消えてなくなれ!」


 鬼気迫りつつも勝ち誇ったように笑うバロンに、俺はハリセンを抜きレナは鍋のフタを構える。

 パルフィだけは目元を腕で覆ってるだけだが……何が起きるかわからない以上、対処できるように心と体の準備をしておくに超したことはない。

 そう思いつつ事態を見極めようとしていると、バロンの手のひらが一際強い光を放った。

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