第23話 計略(1)

 俺たちがエンテーでサーカス公演を観終わり、観客も退場し夕日が沈み始めた頃。


「ルルドさん。私たちを呼び出してなんの御用でしょうか?」


 シルクハットに黒い燕尾服とステッキ。

 肩まである金髪に、雰囲気出しか片眼鏡まで付けた齢三十ほどの長身男。

 興行所ライドのステージ下の客席通路に立つエンテーの興行主──バロンは面倒くさそうに顔をしかめた。


「いえ。少々お伺いたいことがありましてお呼び致しました」


 ルルドと俺たち三人はステージの上に立ち、まるで公演中のように明るい光を浴びながら客席とステージの間にいるバロンを見下ろす。

 バロンの隣には同席に応じ、ゴリラと一緒に演目披露をしていた、こざっぱりとした簡素な薄茶色の布服を着た黒髪の若い調教師の男もいた。


「単刀直入にお聞きします。私の興行所に嫌がらせをしていたのはあなたですね?」


 回りくどい腹の探り合いは無駄と言うように、ルルドはニッコリと微笑みの表情を保ちながら問いかける。

 その顔を見て、バロンは嫌そうに目を細めた。


「何を根拠にそんな根も葉もないことを。私の興行所が人気になってきたゆえの嫉妬ですか?」

「嫉妬ではありません。ちゃんと根拠あっての発言です。ゼノさん」


 ルルドに名を呼ばれ隣りにいた俺はスッと一歩前に進み出ると、指を立てながら言った。


「俺たちがここの興行所の警備をしてるときに壁が破壊され犯人が逃げた。そしてそいつが逃げるときに、ステージで使うようなペンキ、ジェル、小麦粉で妨害し、最後にはゴリラが犯人を連れ去った」


 俺は出来事を簡単にまとめ相手の様子をうかがう。

 関与していれば何かしらの反応が表情に現れるかと期待したが。


「それが何か?」


 事実を羅列してもバロンは余裕の笑みで、動揺の色をおくびにも出さなかった。

 ならばこれならどうだっ。


「そしてさっきの公演で、まったく同じゴリラがお前たちのステージに出てた。ゴリラなんて普通街中に現れないしな。しかもそこの調教師が犯人と同じ顔をしていた。ここまで証拠が残ってて言い逃れできると思うか?」


 実際には犯人の顔を全部見たわけではない。

 しかし俺は見たぞとカマをかければボロを出す可能性はある。

 ここまで証拠が揃っていると告げれば、手のひらを返したように悪事を暴露するだろうと思ったが。


「あくまで状況証拠ですよね? 今言われた物は普通に買える物ですし、ゴリラの見分けなんてつくんですか? ましてやこの調教師は今日一日ずっとサーカスの練習と準備をしていたので犯行は無理ですよ」


 あくまでシラを切るつもりか、私たちではないと強く主張してきた。


叩笑神ツッコミである俺の目を疑うと?」

「いくら神様であろうと、ゴリラの見分けがつくとは思えません」


 自信があるのか馬鹿にしているのか鼻で笑うバロンに、俺は叩笑神ツッコミとしての努力と才能を舐められた気がして頭に血が上った。


「は? 俺の力、舐めてんのか? あんな品もない毛並みも悪いゴリラ、俺が見間違えるわけねぇだろ!」

「バームを馬鹿にするな!」


 俺が罵った直後、調教師の男が激高するように声を荒らげる。

 自分以上に怒りをあらわにする姿に、俺は驚きのあまり固まってしまった。


「バームは人一倍、いやゴリラ一倍頑張って努力してきた立派なゴリラなんだ! 最近疲れてて食欲がなかったから毛並みは悪くなってるけど、品のある最高の奴なんだ! 俺がお前たちに追われてピンチになったときも必死に助けてくれて──」「マルク!」


 バロンが制止した頃には時すでに遅く。

 怒りに任せて犯行を自白してしまった調教師マルクは、ハッとして口を両手で押さえた。


「あー」


 上っていた血が一気に下り、冷静になっていく頭をポリポリ掻きながら俺は横を見る。


「これって怪我の功名ってやつか?」

「微妙に違う気がするけど、どうやらこれ以上、証拠を突きつける必要はなさそうね」


 俺の隣で言質は取ったと不敵な笑みを浮かべるレナに、バロンとマルクは唖然として口をポカンと開けていた。


「犯人討ち取ったりー」

「まだ捕まえてすらいねぇだろ」


 レナの横でニャハハと笑うパルフィが楽しそうにビシッと指をバロンたちに突き出す。

 言い逃れしようにもマルクの言葉は四人の耳と記憶にしっかりと残った。

 犯人からの自白があった以上、どう足掻いても今更「冗談でした」とトボけるのは無理な空気が周囲を包んでいた。


「……ふふふっ……ははははははははっ!」


 突如、気でも狂ったようなバロンの高笑いが興行所内に大きく響く。

 それはまるで被っていた仮面を剥がしたように、数秒前とはまったく違う形相になっていた。


「よくぞ見破った。その探偵のような力量、認めざるを得ないようだな」

「悪事がバレただけで紳士から外道になるのかよ。ってか仲間のミスでバレといて、上から目線で偉そうにしてんじゃねぇよ」


 態度を豹変させたバロンに、俺は呆れて溜め息をつく。

 一見するとヤケになっただけのようにも思えるが、どちらかと言うと本性を現したと捉えるのが妥当。

 そんな態度をおくびにも出さなかった相手だ。

 何か隠し玉を持っていることを警戒しておいたほうがいいだろう。


「なぜこのようなことをしたのですか?」


 誰もが気になっていることをルルドが問いただす。

 もし犯人だとバレたら自分たちの興行所の営業も危うくなるはず。

 それにもかかわらず妨害や破壊工作を遂行してきた理由が知りたい。


「トップに君臨し続けるこの興行所が邪魔だったからですよ」


 バロンはステッキを器用に回転させると、ビシッとルルドに先端を向けた。


「ここ一年で私の興行所は急成長しましたが、やはり老舗であり絶大な人気を誇るこちらの興行所が目障りだったんですよ」


 カツカツと靴音を立てながら歩き回り、自分勝手な恨みつらみを口にする。


「ここの人気が無くなってしまえば。それこそライド興行所自体が無くなってしまえば、私のエンテーが一番人気の興行所になる。だからマルクにやらせてたんですよ」


 自慢するように自分のしてきたことを得意げに語るバロン。

 そんな不遜で自分勝手な男に、俺は蔑んだ視線を送った。


「子供みたいにワガママな大人なんだなお前」

「子供のように欲しいモノは何がなんでも手に入れないと、エンテーはあそこまで大きくなってません。しかし未だトップには立てていない。だからこそ、この街一番人気の興行所という地位も欲しかったのですよ」


 いけしゃあしゃあと自論を展開するバロンに、ルルドは声を荒らげることもなく静かに主張を聞いている。

 だが俺は身勝手な思想に頭のどこかがプチンと切れた。


「なら、俺たちも犯罪者が邪魔なんで排除してもいいよな?」


 相手を威圧するようにオーラを強めた俺に、バロンは足を引き一瞬怯む様子を見せる。

 しかし自分を奮い立たせるように拳をグッと握ると、顔をしっかりと上げてキッと俺を睨んだ。

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