第22話 犯人像(2)

「結構人が入ってるわね」


 街の一番端にある屋根のある石造りの建物。

 円形の広場を囲うように賑わう客席で、大人も子供も今か今かとキラキラした瞳で開演を待つ。


「まだっかな、まだっかな」

「ここに何しに来たと思ってんだよ」


 なぜかパルフィも客と同じく楽しそうに待っているのを見て、俺は呆れて愚痴をこぼす。

 俺たち三人は客のフリをして、犯人がいると思しき中心街の外側にある興行所エンテーの夕方公演に潜入していた。


「サーカス見に来たんでしょ?」

「ちっげーよ。ゴリラがいるか確認しに来たんだろ」


 イマイチ状況を理解していなかったパルフィに、俺は声を押し殺しながらツッコむ。

 周囲に関係者がいるかもしれないので、潜入してることがバレるわけにはいかない。

 パルフィが神の気配を発してしまわないからヒヤヒヤしつつ、俺は慌てず騒がず静かに場内を見回した。


「でも仮にゴリラが出てきても、逃げていった奴と見分けつくの?」

「それは大丈夫だ。ゴリラの毛並みは覚えてるからな」

「何そのゴリラマニアみたいな発言」

「誰がゴリラマニアだッ。叩笑神ツッコミは細かい所を見てるもんなんだよ。じゃなきゃツッコミに活かせないだろ?」


 気味悪そうにするレナに、俺は声を潜めながらツッコむ。

 実際問題、叩笑神ツッコミは才能を磨くために、子供の頃から小さな変化や差異に気付けるように訓練している。

 わずかな時間だけ見たゴリラでも見分けるのは造作もない。


「ゼノすごい。まるで姑みたい」

「誰が実家で嫁いびりしてる義理の母だよッ!」


 パルフィに変な称賛をされ俺がたまらず立ち上がると、周囲から冷めた視線を送られ、俺は慌てて席に着いて気配を消した。


「時と場所をわきまえない男って嫌ね」

「お前のパートナーのせいだろが」


 フッと鼻で笑うレナに、俺はこめかみをピクピクさせながら無罪を訴える。

 これ以上目立つと計画自体がご破算になりかねない。

 ハリセンでバシッとやりたい気持ちを抑え込もうと、俺はゆっくりを深呼吸を三回繰り返した。


「あっサーカス始まるよっ」

「ヒトゴトカヨッ」


 ワクワクが止められないのか前のめりになって指を差すパルフィに、俺は思わずカタコトになる。


「まぁいいじゃない。ゴリラが出てきたときだけ注意して確認するばいいんだから、それまでは楽しみましょ」

「わかったよ」


 楽しそうにピースサインを送ってくるレナに、俺はハァと溜め息をつきつつステージとなっている広場を見つめた。

 そして一分後。


「皆さま! エンテーのサーカスにようこそいらっしゃいました!」


 進行役なのかよく目立つ赤い制服を上下に着た男が、客席をグルリと一巡して通る声であいさつを送る。

 客席はいつの間にか満員御礼になっており、期待に高まる拍手が心地良く会場内に響いていた。


「へぇー、人間も結構いい動きするんだな」


 サーカス公演が始まり、人間による曲芸や動物によるパフォーマンスが次から次へと展開されていく。

 神なら余裕でできるものでも人間には難しいと思っていた。

 そんな動きを軽々と行うのを見て、俺は考えを改め始める。

 高く跳ねる、面白いほど曲がる、細い穴を通り抜ける。

 どれも人間技には見えない動きに、いつしか心を奪われそうになっていた。

 しかし肝心のゴリラが出てくる気配はな。


「ここじゃないのかしら? それとも今日はゴリラが出ない公演とか?」

「ゴリラのサーカス芸、見てみたいのに……」


 うーんと唸るレナと残念そうなパルフィに、俺は人間や動物が登場してくるゲートを眺める。


「事前に公表されてた演目見た限りだと、動物を使った演目は次が最後だな」


 人間による演目はまだ続くようだが、動物による芸は次で終わりだ。

 これで何もなければまた別の方法でゴリラがいるか確認しなくてはならないが。


「あっゴリラ出てきたよ」


 パルフィが指差す先、ゲートから人間に連れられて出てきたのは、それぞれ体格も毛並みも少しずつ違うゴリラたちだった。


「──あいつ!」


 俺は思わず声を上げてしまい慌てて口を両手で塞ぐ。

 三頭の中の一頭、ちょうど真ん中にいるゴリラに見覚えがあった。


「例の奴がいたの?」

「ああ間違いねぇ。真ん中の奴が俺たちの前に現れた一体だ」

「全然見分けつかないんだけど」


 確信する俺にレナは訝しげに眉を寄せる。


「確実に見たことのあるゴリラだ。それにあの調教師の顔にも見覚えがある」


 犯行時はフードを被っていたし、今はステージ衣装なので先程とは印象がまったく異なるが、チラリと見えた口や鼻の形は記憶と合致している。

 おそらくあの調教師がルルドの興行所を破壊した犯人で、真ん中のゴリラが助けに一頭だろう。


「じゃあ早速取り押さえに」「さすがにちょっとマテ」


 俺の言葉を聞いたパルフィが立ち上がって飛び出そうとする腕を掴む。


「こんな所で騒ぎを起こしたらパニックになるだろ。俺に考えがあるから落ち着け」


 そう言って俺はニヤリと笑うと、二人に小声で計画を伝え始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る