第21話 犯人像(1)
「ずぶ濡れですが、どうなされたんですか?」
「ははっ……ちょっと色々あってな……」
破壊された壁から興行所の中へ入ると、観客を逃がしステージ上で被害を確認していたルルドに出会った。
よくよく見直すと穴は大人三人が余裕で通れるほど開いており、もう少し規模が大きければ建物が半壊していた可能性もあった。
ひとまず人的被害がなかったことを互いに確認すると、ルルドは三人だけで帰ってきた姿を見て残念そうな顔をした。
「犯人は捕まえられなかったようですね」
「わりぃ。最後の最後で予想外の邪魔が入ってさ」
俺があった出来事をすべて話すと、ルルドはアゴに手を当て何やら考え込む仕草を見せた。
「犯人が火薬を使って爆発を起こしたことは明白ですが、それ以外にもペンキやジェル状の液体、小麦粉を使っていたんですね?」
一つ一つ確認するように尋ねてきたルルドに、俺は間違いないと頷いた。
「物自体は正確には違うかもしれねぇけど、犯人がそういう物を使って抵抗してきたことは確かだぜ」
「そしてゴリラが犯人を連れて行ったと……」
ジェル状の液体がなんだったかはわからないし、ゴリラがなぜ犯人を助けたのか意味不明だった。
「手がかりらしき物も残ってないし、犯人がどこのどいつだか判別するのは難しそうね」
レナは穴の開いた壁を眺めつつ眉を寄せる。
事前に逃走用にペンキやら粉やらを用意していたような犯人だ。
証拠となる物を残しているとは考えにくい。
実際、使っていた物以外に遺留物はなく、俺たちが油断していた落ち度でもあるが、顔も最後までフードで隠れていて見ていない。
この状況で特定することなどとても……と俺が難しい顔をしていると。
「一つだけ、犯人に心当たりがあります」
視線を上げて俺たちを見据えるルルドの言葉に、その場の空気はざわついた。
「マジかよ。どこのどいつだ?」
手掛かりがほとんどない状況で犯人像を絞れたと言う期待を煽る一言に、俺は気持ちが前のめりになり、答えを知りたいと心臓が鼓動を速めた。
「ここ一年で勢いをつけて人気になってきた興行所──エンテーの人間の可能性があります」
「エンテー?」
初めて聞く名前に俺は訝しげに眉を寄せる。
「幅広いエンターテイメントを展開している興行所です。お笑い、演劇、サーカス。とにかく人が集まるものなら何でもやるというのがウケているみたいですね」
「そこがなぜ犯人のいる場所だと?」
少ない手掛かりだけで、その興行所に犯人がいるとするには根拠がないように思えるが。
「ゼノさんに聞いた話に出てきた物や動物。それが根拠です」
ルルドはほとんど確信を持っているかのように真剣な面持ちで答えた。
「勉強のため同業者の公演を観覧することがあるのですが、エンテーではペンキを使った演劇、ジェルや小麦粉を使ったお笑いを行っているのを見ました」
「でもそれは他の興行所でも使うし、店で買えば簡単に手に入る物だろ?」
どれも街の商店でお金を払えば、何の不審も抱かれずに買える代物だ。
それを考えると誰でも犯人になり得るはずだが……
「それらの道具を使うだけだったらそうかもしれません。しかし道具に加えゴリラを使う興行をしているのはエンテー以外、この街にはないのです。街の興行所はすべて見ているので間違いありません」
ルルドは自信を持って太鼓判を押す。
確かに野生にいるゴリラを街中で見ることはまずない。
それが街中に現れ、しかも犯人を抱えて逃げ去ったことを考慮すると、ルルドの主張にも信憑性が帯びてきた。
「なるほどね。それを聞いちゃうと怪しさプンプンね。さっそく乗り込みましょ」
「臭い所にはフタするの。れっつごー」
「パルフィ、ちゃんと話聞いてたんだな──って待てマテ。
意気揚々と歩き始めた女神たちに俺は待ったをかける。
「怪しさ爆発だけど、そこの奴が犯人と確定したわけじゃねぇだろ? ちゃんと確証を取ってから確保しねぇと、こっちが犯罪者にされちまうよ」
「へーきへーき。こっちは神なんだから」
「どっから湧いてくる自信だよ。神でも罪を犯したら駄目だっつーの」
神の威光を放ちつつ明るく言うレナに俺は半眼で訴えかける。
いくら神であろうと罪を犯せば同族によって制裁を受ける。
最高神を目指す
「じゃあどうするの?」
パルフィが頭にハテナマークを浮かべながら尋ねると、
「それはあれだよ」
俺はニヤリと口の端を上げて笑った。
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