第25話 称賛(1)

「うっそだろ!?」


 直後、バロンの手のひらから透明な流動体が放出され、興行所の客席と床を埋めていく。


「うわぁいっ!」


 その光景にパルフィが楽しそうに声を弾ませる。

 バロンが魔力カオスを使い閃光を放ってまで生み出したのは、透明でぬるぬるとした〝大量のジェル〟だった。


「なんだこれは!?」


 バロンも予想外だったのか止めようと腕を振るが、せき止められた川が崩壊したように一気にジェルは溢れ、すぐにステージ下を埋め尽くしてしまった。


「ちょっと、ステージにまで来たわよ」


 さらに勢いは止まらず自分たちの足元まで浸食してきたジェルに、レナは嫌そうに片足を上げ後退する。


「バリア張る?」

「そんなことするより脱出したほうが楽だろ。壁の穴から外へ出るぞ」


 幸か不幸かステージの後ろには爆発で開けられた穴がある。

 急ぎそこにルルドも連れて駆け込み外へ出ると、ブニャッと気色悪い音を立てながらジェルも外へ漏れ出してきた。


「これいつまで流れてくるのよ」

「ブニャブニャのスライムみたいで面白いっ」


 建物から少し離れた位置で見守る女神二人。

 一人は嫌そうに目元を歪め、一人はワクワクした様子で跳ねていた。


「まさか街中埋め尽くすレベルで溢れたりしねぇよな?」


 俺は頬を引きつらせながら周囲を見回す。

 そこでは奇妙な現象に巻き込まれたくないと、後ずさりながら遠巻きに様子をうかがう住民たちの姿があった。

 このまま際限なくジェルが興行所から溢れてくれば、怪我人は出なくてもヌルヌルベトベトなジェルで街の機能は完全に停止する。  

 ジェルを除去するだけで何ヵ月もの時間を要してしまうだろう。

 そうなればどれだけの人間が路頭に迷うか。

 見た目は奇妙なだけの現象でも、放っておくわけにはいかなかった。


「ルルド。これが溢れ続けたら街がマズイんで止めたいんだが、それにはちょっと興行所の掃除が大変になっちまうけどいいか?」

「この状況では仕方ありません。街にまで被害が出るほうが皆さんのご迷惑になりますので、対処はお任せします」


 事前通知を快く承諾したのを聞き、俺は地面に広がるジェルにふくらはぎまで埋まりながら進んでいくと、興行所の穴から中を覗いた。

 すると中では檻に閉じ込められたままのバロンとマルクが、何やら喚きながらジェルの放出を止めようとしていた。

 だがやはり自分の意思ではどうにもならないようで、すでに胸の高さまでジェルに埋まっていた。

 それを呆れ顔で見つめると、俺は右手を建物の中に向けて、


「あんまり気が進まねぇけど……〝モノマネ〟」


 能力を使ってバロンの能力をマネると、手から大量のジェルが放出された。


「キールめ。何が絶大な力が得られ──へっ? ごぷわっ!」


 直後、ザーッと流れたジェルに飲み込まれ、檻の中にいた二人は頭のてっぺんまで透明のヌルヌルに包まれた。


「キール?」


 火山で暗躍していた堕落魔アンチの名前が聞こえ、俺の頭の中に疑問符が浮かんだが、バロンは苦しそうに藻掻いていて、聞き出すことはできなかった。


「おーい。もう檻消していいぞー」


 俺は手を下げパルフィに向かって声をかけると、二人を閉じ込めていた鉄の籠が消え。

 ジェルに包まれ息ができなくなったバロンとマルクは、気絶し白目を向いてジェルの海の上にプカプカと浮いてきた。


「うっし、なんとか止まったみたいだな」


 バロンが気絶したことで放出が止まると思ったが、どうやら正解だったようだ。

 これで街がジェルで溢れることはなくなった。

 後は犯人二人を捕まえに行きたいところだが、これ以上ヌルヌルな世界へ飛び込んで全身をベトベトにしたくない。

 犯人確保は役人に、掃除はルルドに任せて撤収するか。

 俺は仲間のもとへ戻り、足を振って付いたジェルを軽く払うと、親指を立てて白い歯を見せた。


「ぬるぬる魔神が来た」

「誰がぬるぬる魔神じゃッ!」


 称賛の言葉で迎えられると思っていたのに、パルフィに変なあだ名を付けられ俺は反射的に青筋を立てる。


「ぬるぬる魔神。私にジェルかけて欲しいの」

「なんか倫理的に色々アウトな気がするんで却下です」

「えー。ぬるぬるしてたら地面を滑って遊ぼうと思ったのに」

「子供かよッ。汚したらレナにずぶ濡れにされるから止めとけ──って、冷てぇなッ!」


 パルフィと話してる途中でいきなり頭から水をサバッとかけられ、犯人に抗議の声を上げた。


「ジェルで汚れてたから綺麗にしてあげようと思ったのに文句でもあるの?」

「せめて足だけ洗ってくれませんかねぇッ!?」


 悪気のまったくなさそう……いや、口角をわずかに上げた確信犯の笑みに、俺はハァと頭を押さえた。 


「ステージ使えなくなっちゃったわね」


 俺の無言の訴えを軽く受け流し、レナはまるで他人事のようにジェルの溢れた穴を見る。

 興行所内は大人の全身が埋まる程度までドロドロな状態だ。

 一日二日で客を入れられるまで原状回復するのは厳しいだろう。

 つまりは俺たちのお笑いライブも中止せざるを得なかった。


「ここまでご迷惑をおかけしたのに、ステージをご用意できなくなってしまち、誠に申し訳ございません」


 事件解決に貢献したらステージに立たせるという約束をしていた手前、それが実現不可能となったことをルルドは謝罪した。


「この場合は仕方ねぇよ。これから片付けもしなきゃいけねぇから、ルルドのほうが大変だろ? だから気にするな」

「そう言っていただけると有難いです。時間はある程度かかるかとは思いますが、必ず興行所を立て直して、またお客様に喜んでいただける場所にしたいと思います」


 ルルドは嬉しそうに目を細め手を差し出すと、俺も頑張れと意思を込めて力強く握手を交わした。


「四級神なれなくなっちゃったね」

「客から笑いをとって神力ジンを高めたかったけど、ステージがあの状態じゃ無理だな。人が大勢集まれるような場所もねぇし」


 残念そうなパルフィに俺は両手を上げて〝どうしようもない〟とアピールする。


「今から街の人たちをくすぐって回る?」

「すっげぇ嫌われそうな方法だな」

「じゃあ私が笑おうか?」

「なんの意味があるんだよッ」

「痛いっ。暴力はんたい」


 なんの解決策にもならない提案をしてくるパルフィに、俺はかるーくデコピンをお見舞いした。


「笑いじゃなくてもいいから、皆の笑顔は見たかったわね」

「俺は笑いの笑顔のほうがいいけどな」


 人間の正の感情によって爆笑神おわらい神力ジンを高められる。

 養成所でも人間の笑いから神力ジンは得るべしと教えられてきた俺にとっては、感謝の笑顔より笑いの笑顔が欲しかった。

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