第34話 影の支配(3)
「さて、公演直前で全員控室にいるとはいえ、誰かが来ると面倒ですからね。今後についてはまた今日の夜に話し合いましょう」
「わかったっす。また夜になったらここで落ち合うっす」
このまま二人がいなくなるのを見計らって、ルルドが一人になったタイミングで取り押さえ、悪事を洗いざらい吐かせよう。
俺はそう思い息を殺して二人が別れるのを見守っていると。
「ウホッウホッ!」
突然、近くにいたゴリラが檻の中から俺たちに向かって叫び出した。
思考が凍りつきそうになったのも束の間。
何事かとバッと振り返ったキールとルルドが、ゴリの視線の先にいる俺たちの存在に気づいた。
「そこにいるのは誰っすか!」
即座に足元の影から黒い針状のものを飛ばしこちらを牽制してくるキールに、俺たち三人は互いに顔を見合わせてどうするか視線で問う。
誰がいるかは気づいていなさそうだが、誰かがいることはすでにバレている。
周りには木箱や檻があるが、ちょっと回ればすぐに見つけられる程度の大きさしかなく、隠れる場所は無いに等しい。
「どうするのよ」
仲間内にだけ聞こえる声でレナが私には策が無いと暗に告げてくる。
見つかれば戦闘は避けられない。
戦闘となれば動物たちも騒ぎ出し、観客も混乱必至。
冷静な敵なら存在がバレるのを恐れて戦闘を避けるかもしれないが、キールにそんなことを考える頭があるとは思えなかった。
「時間がねぇ。何か逃げ切れる方法は」
キールたちは警戒しつつ次の行動に移ろうとしている。
それこそ木箱ごと壊されればすぐにでも姿が見られてしまう状況だ。
パルフィやレナの能力で透明にでもなれれば……
「そうだ──〝モノマネ〟」
その瞬間、思いついた手段を即実行すべく俺はキールの姿を視界に捉えつつ、自分の能力を発動させた。
「見つけ──」
〝たぞ〟と言い終わる前に、木箱の横に一足飛びしてきたキールは呆然として立ち止まる。
「どうしました?」
「確かにここに気配があったはずなのに、誰もいないっす」
確かに見かけた相手の姿がなく、キールはキョロキョロと周囲を見回す。
しかし木箱の横は檻なので隠れる場所はなく、木箱の上にも人の姿はなかった。
「私も誰かがいたと思ったのですがね」
キールの隣まで移動し、木箱の裏を目視したルルドも訝しげに眉をひそめた。
「誰もいなかったのなら問題ありません。人が来る前に解散しましょう」
「いや待つっす」
そう言ってそそくさと立ち去ろうとするルルドをキールは呼び止める。
そして木箱のある地面をジーッと見つめると、おもむろに右手を木箱に向かって突き出した。
「オリジナルを舐めるなっす」
直後、勝ち誇ったように高らかな声を上げ、魚を釣り上げるように右手を頭上高くに振ると、木箱の真横にある地面の影から三人の神が飛び出してきた。
「くっそ、バレたぞ」
モノマネでキールの能力を真似し影の中に隠れてやり過ごそうとしたものの、オリジナルを欺くことはできなかった。
モノマネする相手から遠く離れていても同じ能力が使えるのであれば、影を使って瞬間移動も可能ではあったろうが、俺の力は生憎そこまで万能ではない。
悔しさを滲ませながら対峙すると、ルルドは驚きながらも即座に状況を理解したのかキッと表情を引き締めた。
「どうやらネズミが忍び込んでいたみたいですね」
距離は保ちつつ面倒くさそうな顔をして、ルルドは大きく溜め息をつく。
「へっ。神をネズミ呼ばわりとはいい度胸してんな」
仮にも依頼を達成し恩のある相手を害獣呼ばわりする態度に、俺は眉をピクンと上げた。
「今までずっと俺たちを騙していたんだな」
「騙していたなんてとんでもない。私は何一つ嘘は言っていませんよ」
初めて見せるルルドのニヤリとした黒い笑みに、ヒヤリとした空気が漂う。
バロンはわかりやすい悪人であったが、ルルドは内に秘めた悪意を解放しただけで雰囲気がまったく変わった。
そのギャップに人間の恐ろしさを俺は感じた。
「興行所に嫌がらせをされているのでなんとかして欲しい。私が告げたのはただそれ一つのみです。心の中で〝黒幕は私自身〟というのを付け加えてはいましたけどね」
口元に手を当て過去を思い出すように目を細めるルルド。
そんな腹黒い相手に、
「なんでこんなことしたのよ」
レナが呆れたように息を吐きながら問いかけた。
「キールにバロンをそそのかせ、興行所を襲わせれば莫大な保険金が下ります。それに加えバロンが逮捕されれば、このエンテー興行所の持ち主が空白になる。そうなれば私が買い取って引き継ぐだけで、邪魔なバロンを排除し、新たな興行所も手に入る。一石二鳥の手法ですよ」
「ただの乗っ取りじゃねぇかよ。
「キールを仕向けたのは私ですが、契約して興行所を襲って来たのはバロンですから。私はキッカケを与えたにすぎません」
黒幕という自覚がありながらも、あくまで背中を押しただけとほくそ笑むルルドに、俺は共謀者のキールを睨んだ。
「お前も人間に利用されてていいのかよ」
「俺は負の感情さえ集められればなんでも構わないっす」
目的さえ叶うなら手段は問わないとキールは豪語する。
その瞳に嘘偽りはなく、純粋に力を求めることが動機だということがうかがえた。
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