第35話 影の支配(4)

「強い負の感情に惹かれてルルドに出会ったときに、まさか人間の方から取り引きを持ちかけられるとは思わなかったっすけど。バロンに接触して能力を与えれば、絶対にルルドの興行所に仕掛けてくるとは聞いてたっす。でも本当にその通りになって負の感情も溢れていくのを見たときはワクワクが止まらなかったっす」


 まるで子供がゲームを楽しむようにキールは瞳を輝かせる。

 堕落魔アンチとの関わりはこの男が初めてではあるが、仮に他の奴も似たようなものだと想像すると、頭を抱えたくなってきた。


「でもお前たちが邪魔してきたこともそうっすけど、バロンはせっかく能力を得たのにあの調教師一人しか使わなくてつまらなかったっす」

「人に悪事を働かせておいて、思ったよりショボかったからって文句つけるとか、子供のお遊びかよ」

「ルルドもキールも、自分たちの私利私欲のために動いて。はた迷惑な奴らね」

「自分勝手はよくないの」


 俺だけでなくレナとパルフィも呆れる言動に、キールはビシッと俺たちを指差した。 


「そっちだって、神力ジンとお金のために動いてるじゃないっすか」

「俺たちは感謝されることやってんだよ! 人間に迷惑かけて自分だけ利益を得ようってお前らと一緒なわけねぇだろ」


 自分のことを棚に上げた発言に、俺は思わずハリセンを投げそうになる。

 頭のネジが外れた堕落魔アンチを相手するのはマジで疲れる……


「悪い子にはおしおきするの」


 パルフィは手持ちサイズのピコピコハンマーを生み出し構える。

 見た目はファンシーに見えるが、石壁ぐらいなら軽く叩き壊せるほどの性能はあるだろう。


「キールやれますか?」

「いいっすよ。腐れ縁もここで終わりにするっす」


 やる気満々の二人に俺とレナも、いつでも抜けるようにハリセンと鍋のフタに手を添えた。


「こんな所で戦ったら大事な観客や興行所にも被害が及ぶぞ」

「大丈夫ですよ。すべてあなた方のせいにしますし、被害分には保険が下りますから」


 例え被害が出てもそれすら糧にすると、商売根性たくましいルルドの思考に、呆れを通り越して尊敬の念さえ抱きそうになる。

 この精神と行動が人間の役に立つ方向に進めば、さらなら大成功を収めていただろうに。


「レナ、会場にいる人間たちに被害出さずに対処できそうか?」

「相手の出方次第ね。でも私たちに聞かれた以上、観客を巻き込んででも消そうとする気満々に見えるわね」

「なんとか外に誘導するしかねぇか」


 互いにだけ聞こえる声で確認し合う。

 飼育スペースの外壁側には搬入口と思われる大きな木の扉がある。

 俺たちが外へ逃げれば口封じがしたい二人は必ず追ってくるだろう。


「良い人間を傷つける、絶対に良くない」

「そうよパルフィ。人間に危害を加える人間と堕落魔アンチは懲らしめてもいいのよ」


 通常は神が故意に人間を傷つけることは許されない。

 しかし自身の身や人間の生命を守るためなど、非常時にはその限りではない。

 この街の人間の安全と自分たちの命を守るため、ルルドとキールにはご退場いただく。

 そう決意を込めて俺がハリセンを腰から引き抜くと、それを合図にしたようにキールが高らかに宣言した。


「先手必勝っす!」

「ちょっ──バカ止めろ!」


 自身の下に落ちる影を巨大なハンマーへと変貌させたキールは、俺が制止する声も聞かず振り回す。


「動物さんたちが!」


 ハンマーが直撃した檻がへしゃげ、ふっ飛ばされた金属片が石壁に当たり穴を穿つ。

 その度に動物たちは鳴き叫び暴れて、飼育スペースは一気に慌ただしくなった。


「なんだ!?」


 騒ぎを聞きつけたのか、ステージがある方面から出演者だろう人間たちが顔を覗かせる。


「危ねえから逃げろ!」


 攻撃を避けつつこの場から離れるよう俺が伝えると、状況を理解した彼らは慌ててステージの方へと走っていった。


「キール、私を巻き込まないでください」

「へへっ、大丈夫っすよ。影は俺の手足と同じっすから。こんな風に──」


 味方を巻き込むようなことはしないと息巻くキールは、ギリギリ原型を留めていた檻をハンマーで思いっきり横から叩いた。


「嘘だろ!?」


 ひしゃげてグチャグチャな鉄塊となった檻が俺たちの目の前に迫る。

 そこにすかさずレナが割り込み鍋のフタで防御を試みるが、勢いを殺し切ることができず三人まとめて弾き飛ばされ、ステージ側にあった壁をブチ壊しながら転がった。


「痛って……大丈夫か?」

「怪我はしてないけど、ちょっと頭がクラクラするわ」

「世界が回ってるのぉ」


 頭を押さえながら立ち上がった二人の無事を確認し周囲を見回すと、どうやら控室すら通り過ぎて円形ステージ上まで飛ばされたようで、観客席で開演を待ち侘びている大勢の人間たちの姿が目に入った。


堕落魔アンチが出たぞ! みんな逃げろ!」


 このままここで戦えば観客に被害が出る。

 一刻も早く離れさせようと俺は大声で叫んだ。

 しかし、


「なんか様子がおかしくない?」


 レナの一言を聞いて反射的に観客席にいる人間たちを凝視した俺は、その異常さにすぐに気がついた。

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