第36話 支配者(1)

「人間たちが……動いてない!?」


 俺は異様な雰囲気の理由に気づき目を見開く。

 普通ならステージの壁が崩れて誰かが転がってきたら、事件の匂いを感じて逃げ出す者もいるはず。

 だがおかしなことに、老若男女問わず誰一人としてその場を動こうとしていなかった。


「みんなどうしたの?」


 事情が飲み込めないパルフィが不思議そうに俺に答えを求める。

 人間たちのボーッとしているような虚ろな表情は、まるで生きている人形のようにさえ見える。

 理由がわからなければ直接聞くだけだと、近くに行って事情を尋ねようと俺が思ったとき。


「私の能力ですよ」


 ルルドが自慢げに頬を上げながら壊れた壁の中からゆったりと出てきた。


「あなたの能力って……」

「私の能力は〝催眠〟──人間を意のままに操ることができます」


 レナの問いにルルドは観客席にいる人間たちをグルリと見渡す。

 その様子にも周囲は焦点の定まらない視線を思いおもいの方向に向け、気にも止めていなかった。


「ですから、いくら暴れようが誰も気づかないですし、あなたたちを犯人に仕立てるのも簡単なのです」


 ククッと口元に手を当てて勝ち誇ったように顔を笑みに歪めるルルドは、キールより堕落魔アンチらしいのではないかとすら思えた。


「これだけの人数を操れるなんて、マズいわね」

「みんなにケガさせないように戦うのは難しいの」


 興行所のステージはある程度の広さがあるとはいえ、無差別に影を振るうキール相手に被害が及ばないよう立ち回るのは難しい。

 人間を守りつつ戦うには場所も相手も悪すぎる。

 理性的な堕落魔アンチ、能力のない人間なら被害も抑えられるだろうが、負の感情──悪い言い方をすれば糧となる人間のことを考えないキールと、催眠で操れるが故に人の目を気にしないコンビは最悪の組み合わせだった。


「先にルルドを戦闘不能にするぞ。催眠能力以外は普通の人間のはずだからな」


 人間ならば神である俺たちが取り押さえるのは造作もない。

 まずはルルドに催眠を解除させ、人間たちを外に逃してからキールを戦闘不能にする。

 そういう算段で各々が神具を構えると、キールが〝甘い〟と言うように指を振った。


「俺がそんなわかりやすいヘマすると思うっすか?」

「ヘマばっかりしてきたじゃねぇかよ。記憶力にも難ありか?」

「煽ったって駄目っす。こうしてしまえば……」


 そう言って得意げに影を操ってルルドにまとわせる。

 それはすぐに足を覆い腕を覆い、顔以外の全身を固めつつ角張った形状に変化していくと、まるで黒い全身鎧を着たような姿になった。


「これで攻撃も防御もできるっす」

「そんなんアリかよッ!」


 まるで戦士のような出で立ちに、俺は理不尽さを訴える。

 さすがに神や悪魔と同レベルとは行かないだろうが、それでも制圧するのが難しくなった。

 おそらく中途半端な攻撃は通用しなくなったと考えるのがいいだろう。


「さぁ、楽しいショーの始まりです」


 両手を広げ開幕を宣言するルルドに、観客から大きな拍手が鳴り響く。

 異常事態を前にして楽しそうに手を叩くなんてあり得ない。

 どうやら本当に人間たちを催眠で操っているようだ。

 しかもここまで自由に操れるということは……

 嫌な予感が実現する前に、なんとしても制圧しないとマズいな。


「先手必勝。叩き潰してやるっす!」


 俺の不安などおかまいなしに、意気揚々と前へ躍り出たキールが、影を再び巨大なハンマーの形に変えて振り被る。

 そして大きく前方へジャンプすると俺たちを叩き潰す勢いで振り下ろしてきた。


「俺たちは害虫じゃねぇっての」


 地面を陥没させ土煙を上げた一撃を、俺はステップを踏むように避けながらキールを睨む。

 普通の木や金属で作ったハンマーなら片手でも止められるだろうが、魔力カオスの込められた攻撃はそうはいかない。

 防御姿勢も取らずにまともに喰らえば、骨が砕けるレベルの怪我は避けられないだろう。


「お返しなの」


 目には目をハンマーにはハンマーをと言うように、パルフィは持っていたハンマーを能力でさらに巨大なピコピコハンマーにすると、二人に向けて回転させながら落とした。


「ちょっとパルフィやりすぎよ!」


 人間には耐え切れない一撃に、レナが思わず声を上げるが。


「嘘でしょ……」


 その視線の先では、まともに攻撃を受けたはずのルルドが、片手を上げハンマーを押し留めた姿があった。


「あれを軽々受け止めるなんて……」

「防御力も高ぇけど、何より神の一撃を躊躇なく受け止める度胸がやべぇな」


 普通の人間なら怯えてうずくまるか、最低でも避けようとするだろう。

 しかしルルドは臆することなく受け止めた。

 その心構えと判断力は、並大抵の人間にはできない所業だ。


「覚悟のある者でなければ、街一番の興行所の運営なんてできない。人間であろうと私を舐めないでいただきたいですね」


 ピコピコハンマーを反対の手で手で殴りつけバラバラに壊したルルドは、降り注ぎながら消えていく破片を気にもしない様子で息を吐いた。


「その胆力を世のため人のためだけに使ってくらてたら良かったんだけどな」

「エンテーを手に入れることで、さらに人に喜びと楽しみを提供する予定なんですけどねぇ」


 まるで〝あなたたちが悪い〟とでも告げるように、邪魔者を見る目つきをしながら応えるルルドに俺はピクンと眉を上げた。


「もしかしてキールより手強い?」

「かもな。借り物とはいえ、頭の回る奴が四級魔の力を持つと厄介だな」


 力任せに行動するキールとは違い。

 知略にも長けていそうなルルドが力まで得たら、本業の堕落魔アンチを軽々超える。

 簡単に取り押さえられると思っていた人間が、予想外に強敵となっな事実に、俺は舌を巻いた。


「ルルドを先にどうにかするってのも難しいな」


 片方を倒してからもう一方を三人で倒すのが効率的だが、どうやらそうも上手く行かないらしい。

 二人を同時に相手するつもりでやるしかない。


「人間である私を先に無力化しようと画策しておいでだったでしょうが、簡単に事が運ばないのはご覧いただけたでしょう。あとは……」


 そう言いながらルルドがパチンと指を鳴らすと、観客席に座っていた人間たちが一斉に立ち上がり。


「せっかくですから、お客様たちにもショーに参加していただきましょう!」


 周囲に響き渡るほどの大きな声でルルドが高らかに宣言すると、大人も子供も競うように観客席から飛び出し、土の円形ステージ上に我先にと駆け込んできた。

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