第37話 支配者(2)

「冗談でしょ!」


 吠えるレナの声も掻き消しそうなほどに、地の底から響くような足音を立てながら、催眠で操られた人間たちが俺たちに向かって殺到する。

 当たって欲しくない嫌な予感が的中してしまった。

 このままでは人間たちに囲まれてどうしようもなくなる。

 そこを狙い撃ちさたらひとたまりもない。


「空中に逃げるぞ」


 ただの人間を攻撃するわけにはいかない。

 俺は急いで二人に指示をすると、慌てて体を浮かせて五メートルほどの高さからステージを見下ろした。


「ゼノ、どうすんのよ」

「俺にばっかり助言求めてねぇで、自分でも考えろよっ」


 手を伸ばし必死に掴みかかろうとしてく人間たちを見て、レナはうろたえながら解決策を求める。

 それがすぐに頭に浮かべば誰も苦労はしない。

 けど操られてる人間に危害を加えずに無力化するのは難しい。

 ハリセンや鍋のフタを当てたら気絶では済まないし、バリアを張っても根本的な解決にはならない。

 ましてや根源術マナなんて問題外だ。

 能力を駆使して窮地を乗り切るしかないが……


「よそ見してる暇はねぇっすよ!」


 思考を巡らすのも束の間、キールの声が耳に届いたかと思うと真後ろから影のハンマーが風を押し潰しながら迫ってきた。


「きゃっ!」


 それをレナがギリギリのところで鍋のフタで迎えるが、足場も何もない空中では踏ん張りが利かず。

 すぐ横にいた俺とパルフィを巻き込みながら吹っ飛ばされ、ステージと観客席の間にある低い壁に激突した。


「ほらほら、ボサッとしている暇はありませんよ」


 壁がガラガラと崩れる中、衝撃に顔を歪めていられるのもわずかで、ルルドが楽しそうに声を響かせた。


「仕方ねぇ。パルフィ、バリアを張れ」

「わかった」


 押し寄せる無表情の人間たちに恐怖を感じつつも指示を飛ばすと、俺たちを包み込むようにドーム状の透明な幕が張られる。

 そこに筋肉質な男や白髪の老婆、年端も行かない女の子がベタベタと貼り付くように止まった。


「こ、怖いの……」


 バリアがあるからそれ以上近づいて来ないとはいえ、老若男女問わずたくさんの人間が無表情で全方位を取り囲んでいる光景は鳥肌が立ちそうなほど異様で、パルフィはレナにくっついて震えていた。


「ど、どうすんのよこの状況」


 バリアの上部にまで登り見下ろしてくる若い女に、レナは体を屈めながら視線で俺に問うてきた。


「どうにか人間たちを興行所の外に出すか、俺たちが外に出るかしねぇと」


 興行所内に人間たちを留まらせれば攻撃に巻き込まれてしまう。

 二者択一のどちらかを実行できれば、とりあえず周囲の観客への被害は無くせるが……


「レナ、能力で人間たちを誘導できねぇか?」

「上手くいくかわからないけど、やってみるわ」


 ルルドの催眠を打ち消す、または上書きすることができれば、興行所内で戦うことも可能になる。

 保険があるなら壊れるのを気にする必要もない。

 ここで働いている者たちには申し訳ないが、街中で暴れさせるよりはマシだろう。

 そしてどう歌うか悩んでいたレナは、的確な歌詞が思いついたのかスッと立ち上がると、大きく息を吸って言葉を紡いだ。


「酔いの宴に興じる者たち 空の青さに希望を求め 祭りの終演に目覚めよ」


 レナを起点に発せられた歌が春の訪れを告げるように、興行所の中を柔らかく包み込む。

 するとひしめき合っていた人間たちは憑き物が落ちたようにダラリと腕を下げ体の力を抜くと、ゾロゾロと出口に向かって祭りの終わりのように立ち去り始めた。


「なっ……」


 何事もなかったかのように消えていく人間たちを見つめ、ルルドは驚愕に目を見開く。

 自分の能力に絶対の自信があったのだろう。

 再び催眠を施そうと指を必死に鳴らしているが、誰も止まることなく歩き続ける光景にイラ立ちを隠せないようだった。


「神の力、舐めないで欲しいわねっ」


 ビシッと相手を指差し自慢げにアゴを上げるレナに、ルルドはグヌヌと悔しそうに唇を噛んだ。


「これで心置きなく戦えるな」


 人間たちが全員外に出たのを確認し、俺は不敵な笑みを浮かべる。

 人間を巻き込むことを恐れて攻撃そのものができなかったが、誰もいなくなった今なら被害は建物だけで済ませられるかもしれない。

 覚悟しろよと言うように俺はハリセンを突きつけ、キールとルルドに宣戦布告をした。

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