第38話 光と影の攻防(1)

「人間には荷が重すぎたっすか」


 神と人間の実力差を見せつけられ、キールは口を真一文字に結ぶ。

 付け焼き刃的に植え付けられた能力と生まれ持つ能力では、実力も経験の差も大きい。

 それをまざまざと体験させられ、ルルドも顔を歪め舌を鳴らした。


「能力が通用しないなら実力行使しかありませんね」

「実力行使できるほどの実力があるならな」

「言ってくれますね。ですがそんな安い挑発になんて乗りませんよ」 


 力量の差を感じて冷静さを失っていれば容易く制圧可能かとも思ったが、ここまで計画的に物事を運んできた策略家の平常心は侮れないらしい。


「バカにしてられるのも今のうちっす。泣いても許してやらないっすからね」

「子供のケンカみたいな言い回しだな」

「誰が子供っすか! これでも今まで数々の悪事を働いてきたっすよ!」

「犯罪自慢すんなよ……」


 むしろキールのほうが簡単に心乱れているので、上手いこと挑発すれば戦況を掻き回すこともできるかもしれない。

 俺は戦略の一つとして留意しようと考えつつ肩にハリセンを乗せた。


「ルルドは遠くから、キールは近くから攻撃するぞ」


 ルルドは体に影をまとっているだけなので近接戦闘しかできない。

 それならば遠くから攻撃すれば、こちらはノーダメージで相手を圧倒できる。

 逆にキールは今までの戦闘から察するに、大きな武器や遠距離攻撃を好む傾向がある。

 近くから攻撃すれば相手の動揺を誘えるはず。

 そう思い俺が戦闘スタイルを小声で指示すると、女神たちは小さく頷いた。


「もうこれ以上、顔を突き合わせるのも嫌っす。だから今日で終わりにしてやるっす」

「それはこっちのセリフよ。あんたはさっさと田舎に帰りなさいよ」


 何度目かわからないほど似たようなセリフを聞き、レナはシッシッと手を払う。


堕落魔アンチの田舎ってどこだろな」

「知らないわよ。とりあえず爆笑神おわらいと人間の邪魔にならない所に行ってくれればいいわよ」

「ちょっと、人のこと田舎者だと勝手に決めつけてバカにしすぎじゃないっすか!」


 俺たちの会話を聞きキールは激高する。

 これは雑談に見せかけた挑発。

 レナも相手の冷静さを奪うことの重要性を理解しているようだ。


「あったま悪そうな言動してる奴が、人に迷惑かけてる時点で救いようがないわよ。さっさと野生に還りなさいよ」

「ぐぅううう、ムカつくっす! もう泣いても許してやらないっすからね!」


 とうとう害獣扱いまでされ逆に泣きそうな顔をしながら、キールは出しっぱなしだったハンマーを大きく振り被った。


「コア・ジール」


 そして根源術マナを発動させた瞬間、ハンマーに怒りを表すかのごとき炎をまとわせ地面を強く叩いた。


「うおっ!」


 穴を穿つだけだった一撃が、さらに地面を揺らし巻き上げた土を吹き飛ばしながら炎を噴く。

 そして熱を伴った空気が広がり、俺の肌をチリつかせた。


「仲間もいるってのに見境なしかよ」


 近くにいたルルドも思わず防御姿勢を取った一撃に、俺は薄ら寒いものを感じる。激高させて冷静な判断力を奪ったのはいいが、逆に放っておくと興行所のみならず周囲の民家や店にも被害を及ぼし始めそうな勢いだ。

 これは予想以上に早く対処しないとマズイことになるかもしれない。


「そっちがそうくるなら、こっちもこうするの。ブロウ・ブラスト」


 しかし事態に拍車をかけるつもりなのか、パルフィも同じ大きさのハンマーを生み出すと、風をまとわせキールのハンマーにぶつけた。


「ちょっとパルフィ!」


 風に煽られた火が一気に燃え上がり、興行所の天井を突き破って炎の舌となって外へと漏れる。

 火を風で勢いよく吹くような形になったせいで、勢いと威力を増し炎の竜巻になったようだった。


「あっ壊れちゃった」

「壊れちゃったじゃねぇだろッ! 俺たちが被害を広げたらマズイんだからなッ!」


 堕落魔アンチであるキールや仲間のルルドならまだしも、ってそれも良くはねぇけど、とにかく俺たちが加害者になるのは問題だ。


「ははっ、いいっすね。一緒に街を破壊するっす!」


 それを見てキールは好機と受け取ったのか、炎をまとったままのハンマーをパルフィのハンマーにぶつける。

 その度に炎が噴き上がり、天井を壁を突き破ってガラガラと瓦礫をステージに転がしていく。


「パルフィ、ハンマーを消して!」

「わかった」


 レナの一言にパルフィは生み出した武器を消す。

 その隙にキールがここぞとばかりにハンマーを振り下ろしてきたが、レナがすかさず鍋のフタで攻撃を防いだ。


「キール。私もいることを忘れないでください」

「影の鎧があるから大丈夫っすよ」

「あなたが大振りな攻撃をしていると、巻き添えを食らいそうで私が攻撃できないんですよ」

「そこは上手いこと合間を縫ってやってくれっす」

「戦闘の素人にそんな芸当できるわけないでしょう」


 ああ言えばこう言うキールに、ルルドはイラ立ちを隠せず拳を握る。

 感性で動く堕落魔アンチと知性で動く人間。

 デコボコの即席コンビは、連携を取るには息が全然合わないようだった。


「アクア・トレント」

「えっ? ちょっ、うわっぷ」


 そこにレナが何気なしに川のように水を流すと、濁流に飲まれたキールはステージの壁に激突して止まった。


「な、何するっすか!」


 ペッペッと口に入った水を吐き出しながらキールは文句を垂れる。


「戦闘中に言い合いしてるのが悪いんでしょ。ついでに」

「ナム・ウェイブ」

「あばばっ」


 レナがトントンと横にいる相方の肩を叩くと、パルフィの放った雷が水を伝って流れ、キールの体を激しく痙攣させた。


「お前は大人しくしてろ」


 それを好機と俺は大きくジャンプすると、電撃で痺れた動けないキールに向かってハリセンを思いっきり振り下ろした。


「なっ……」


 しかし直前で黒い鎧に阻まれ、俺は思わず驚きの声を漏らした。

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