第13話 悪魔の証明(1)

 翌日。

 噴火も収まり近づけるようになったギギアル火山に登り、俺たちは山頂の火口に来ていた。

 昨日流れ出たマグマは少量だったためか、すでに表面は触れるほど冷え固まっており、歩くには支障のない状況になっていた。


「マグマの近くってこんなに暑いんだな」


 眼下に見えるドロドロとした赤黒い灼熱に、俺は自然の脅威を肌で体感する。

 火口から顔を覗かせるマグマは落ちればあっという間に体を焼き尽くし、骨すら残さず消滅しそうだ。

 間違っても足を滑らせないようにしよう。


「あそこが温泉なの?」

「あんな灼熱地獄が温泉なわけねぇだろ。落ちたら神でも確実に死ぬから、絶対に落ちるなよ」


 パルフィの質問に俺は冗談めかして告げる。

 まさか死ぬレベルの天然は発揮しないだろうが……


「それって落ちるなって言いつつ落ちろっていうフリ?」

「んなわけあるかいッ! 死んでまでボケたいなら止めねぇけど」

「さすがにそこまでバカじゃないわよ」

「パルフィは?」

「……怖いから様子見ておくわ」

「天然守笑神ボケって怖ぇな」


 いくら守笑神ボケと言えど、分別くらいはつくとレナは主張するが、パルフィならやりかねないと匂わせる。

 冗談のつもりで言ったのだが真面目に相方の様子を警戒し始めたレナを見て、俺は天然の恐ろしさにブルッと身を震わせた。


「キールはどうやって火山を噴火させてるの?」

「それについては昨日話しただろうが」

「聞いた気がするけど忘れた」


 レナの心配なぞなんのその、パルフィは〝もう一度説明して〟と言うように、期待の瞳で俺を上目遣いで見つめた。


「キールの能力は影を使ったものだと思う。出てきたときも影から現れたしな。影でどこまでできるかはわからねぇけど、噴火させてる力はおそらく根源術マナのほうだろう。って話をしてたの、覚えてるか?」

「ご飯を食べるのに夢中だったから覚えてない」


 悪気はないように返してくるパルフィに俺は溜め息をつく。

 この様子だと食事中に話したことは何一つ頭に入っていないだろう。


「とりあえずキールを見つける。見つけたらすぐに捕まえずに戦って、俺からの合図があったら取り押さえる。オーケー?」

「うん、オーケー」


 本当に理解したのかどうか不明だが、俺はコクコクと頷いたパルフィを信じることにする。

 キールはバカと言えど俺たちが相手の能力を全部把握したわけではない。

 下手に制圧を急ぐと返り討ちに遭う可能性がある。

 まずは実力を見極めることに注力し、頃合いを見計らって取り押さえる手筈になっていた。


「さて、問題はどうやってキールを見つけるかだが」


 相手は火山を噴火させることで人間の恐怖や不安を掻き立て、魔力カオスに変えて力を増大させている。

 間違いなく火口には来ると予想されるが、いつどのタイミングで現れるかは不明だった。

 何か手掛かりになるようなものがあれば待ち伏せも可能ではあるが……


「ん? あそこの影、なんか歪んでねぇか?」


 思い悩んでいると、ふと視界に入った火口付近にある大きな岩の影に違和感を覚え、俺は指差しながら二人に意見を求めた。


「確かに、なんか変ね」

「ゆらゆらしてるのー」

「暑いから見える蜃気楼……ってわけでもなさそうだな」


 レナとパルフィも目を凝らして見つめると、普通の影と違い揺らいでいるように感じたようだ。


「パルフィ。ちょっとあそこに雷打ち込んでみなさい」

「うん、わかったー」


 レナの指示にパルフィは二つ返事で了承すると、右手をバッと前方へ突き出した。

 そして、


「プランク・ビット」


 雷の粒をいくつも放つと、雷光は吸い込まれるように揺らめく影の中へ消えていき。


「いってえええええええええええ!!」


 直後、影の中からキールがお尻を押さえながら飛び出してくると、痛みを発散するように周囲を駆け回った。


「ちょっと! 昼寝してるところに何するっすか!」


 やっと立ち止まったかと思うとこちらをビシッと指差し、キールは抗議の声を上げる。

 どうやら影の中に自分専用の住処を作ってのんびり寝ていたらしい。


「あっ、キールだ」

「『あっ、キールだ』じゃないっすよ! 人の家にいきなり攻撃してくるとは何事っすか!」


 パルフィの名指しにキールは理不尽だと俺たちを睨む。

 一方、寝ぼけているのか自覚がないのか、自分の立場と状況を理解していない発言に、レナはハァと溜め息をついた。


「あなた、爆笑神おわらい堕落魔アンチは敵対関係にあるのに、攻撃されて文句言うなんてどれだけ頭の中お花畑なのよ」

「なっ。俺の頭の中に花なんて咲いてないっすよ!」

「じゃあカビが生えてるのね」

「ちゃ、ちゃんと部屋の掃除はしてるっすよ!」


 論点のズレた返しにレナと俺は顔を見合わせ〝駄目だこいつ〟と苦笑いを浮かべる。

 まともな会話にならない相手と話していても、時間の浪費にしかならない。


「頭にお花が咲いてたら素敵なのに」

「あっ、こっちにも頭お花畑いるんだったわ」


 羨ましそうなパルフィに俺は頭を抱えそうになる。

 神同士であれば仲良くなれそうなキールとパルフィではあったが、俺はグッと惜しいと思う気持ちを堪えて問うた。


「なぁ、人間に迷惑をかけるのやめてくれねぇか? そしたら俺たちもわざわざ戦う必要もなくなるし、依頼も達成できるから万事解決なんだが」


 変に親近感が湧いてきたせいで、駄目で元々のつもりで聞いてみる。

 まだわずかな邂逅してしていないが、人間の正負真逆の感情を糧にしている点を除けば神と悪魔に差はないように思える。

 自身のレベルアップを諦めさえすれば、人間に悪さをしなくても死ぬことはない。

 実際、神の中にはお笑い営業も冒険えいぎょうもせず平穏に生きている者は大勢いた。

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