第12話 初陣の影(4)

「あいつ、うるさいだけだったわね」

「あれが守笑神ボケだったら、結構人気出ると思うんだけどな」

「ご飯食べに行ったのかな?」


 嵐のように去っていった騒がしい堕落魔アンチに、三人は各々感想を述べる。

 まさか原因のほうから目の前にやってきてくれるとは思ってもみなかったが、これで何をすれば良いのか明らかになったのは光明だった。


「本当にいなくなったみたいだけど、この後どうするの?」

「煙も迫ってきてるし、あいつみたいに噴石が当たったらバカみたいだから、村に戻って対策を考えようぜ」

「帰ったらおばちゃんのご飯食べたい!」


 噴煙に覆われてしまえば調査どころではない。

 どちらにせよ噴火を起こしている原因がわかったので、今後の方針を練る必要もあった。


「あいつまた戦うようなこと言ってたけど、待ってれば襲ってくるのかしら?」

「バカだから、俺たちのこと忘れるんじゃねぇか?」

「そこまでの奴だったら、再戦しても楽に倒せそうね。というか戦ってすらいないけど」

「次は一緒にご飯食べて仲良くなるのっ」

「友達になりたいわけじゃねぇよ」


 一人だけ方向性が違うパルフィに軽くチョップを入れつつ、俺は先んじて歩きだす。

 初めて会った堕落魔アンチが変な奴ではあったが、人間を悲しませる存在であるというなら放置しておくわけにはいかない。

 最終的にどうなるかはわからないが、やれるだけのことはやる。

 俺はそう思い、レナに質問した。


堕落魔アンチって人間の負の感情を糧にしてるって聞いてるんだが、その点以外は俺たちと同じなんだよな?」

「そうね。それぞれの大元となる根源術マナも使えるし、固有の能力も持ってるわ。人間では傷一つ付けられないから、戦うなら神を倒すぐらいのつもりで対処しないと」


 レナの説明に俺は難しい顔をする。

 相容れないものを糧としているせいで敵対関係にあるが、依頼を達成するために殺したくはない。

 かと言って、どうすれば悪事を止めさせることができるのかわからなかった。


「考えなきゃいけねぇこと山積みだな」

「山に積んだら噴火で飛んできちゃうよ?」


 頭を掻き面倒くさそうにする俺の顔を、パルフィが不思議そうに覗き込む。


「ハハッ、それは勘弁して欲しいな」


 思わぬ返しに俺は自然と笑みを零す。

 確かに考えるべきことは多いだろうが、堕落魔アンチと戦った経験のありそうなレナもいるし、何より一人で抱え込む必要はない。

 暫定的ではあるが〝仲間〟という支えになる女神たちがいることに、俺は肩の力を抜いた。


「よし。作戦会議始めるぞ」


 火山から離れた後、村へと戻り最初に立ち寄った宿屋の一階食堂に陣取ると、キールにどう対処するか三人で話し合いを始めた。

 ちなみに宿屋のおばちゃんは、パルフィの「ご飯食べたい!」の一言で昼食をせっせと作ってくれている。


「まず状況の整理をしようぜ」


 体を前のめりにし、テーブルに片腕を乗せながら俺は切り出した。


「どうやってるかはわからねぇけど、キールって堕落魔アンチが火山を噴火させてる張本人で、目的は人間の負の感情を集めて力を増強すること。で、いいんだよな?」


 堕落魔アンチ魔力カオスを集めると神と同じように階級が上がっていく。

 キールが最高神の対となる最高魔を目指しているかまでは不明だが、放っておけば火山の噴火を続けるだろうことは簡単に予想できた。


「間違いないわ。人間に被害を与えない程度に噴火を繰り返せば負の感情を膨らませるには充分よ」


 人間を殺してしまってはエネルギー需給そのものが不可能になる。

 噴火を繰り返し不安な状態を保てば、生かさず殺さずを実現できるため堕落魔アンチにとっては好都合だろう。


「人間をイジメるのよくない。絶対にやめさせるの」

「そうね。人間たちを笑顔にするのが、私たちの役目だから」


 珍しくまともなことを口にしたパルフィに、レナも同意して頷く。

 天然守笑神ボケといえど譲れない自分の意思はある。

 それが逆にパルフィも強い意思を持って言っていることを感じさせた。


「二人は今まで堕落魔アンチとどれくらい戦ってきたんだ?」


 ふと気になり俺が尋ねる。

 期間は知らないが二人はこれまでも冒険えいぎょう堕落魔アンチと対峙してきているだろう。

 それを参考にしたいと話題を振ったのだが。


堕落魔アンチと戦ったことなんてないわよ?」


 予想外の返答に俺は目を丸くした。


「えっ、だって今までも二人で冒険えいぎょうしてきたんだろ? 堕落魔アンチと戦ったことも少なからずあるはずじゃねぇのか?」


 正確な人数は明らかになっていないが、堕落魔アンチは世界のどこにでも潜んでいると言われている。

 長い時間を生きる爆笑神おわらいであれば、相対する存在とはいつかどこかで対峙することもあるはずだ。

 二人とも慌てず騒がずキールと対面していたので、堕落魔アンチも見慣れたもんだと思っていたが。


「私たちが冒険えいぎょう始めたのはごく最近だもの。基礎知識と親父に聞いてる話しか知らないわよ」

「初めて堕落魔アンチを見て楽しかったの」


 あっけらかんとしたレナとパルフィに言われ、俺は絶句しそうになった。


堕落魔アンチと実戦経験のない三人で戦うのかよ……」

「二人だけでやっていけるほど経験豊富だったら、ゼノを仲間に引き入れようとするわけないじゃない」

叩笑神ツッコミの攻撃力、守笑神ボケより強い。貴重な戦力になる」

「攻撃力じゃなくてツッコミ力で選んで欲しかったわ……」


 女神たちの言い草に、俺は眉間に手のひらを当て苦悩を示す。

 先程の戦闘で最低限の実力は把握できているが、妖獣ラウル堕落魔アンチでは敵としての実力差がありすぎる。

 神と等しい力を持った知性ある相手と戦う。

 そのことの意味は考えずとも理解できるだろう。

 しかし幸いこちら側は三人いるし、キールは頭はよくなさそうなので素人でも対処は可能にも思えた。


「動きだけ軽く決めて、後は実戦経験を積むつもりで臨機応変にやってみるか」


 考えすぎてガチガチに戦略を固めても、素人が思いつくもので効果的なものは今はまだ少ないだろう。

 ましてや予想外の出来事が発生すれば思い通りに行かないことで混乱し、それが足かせになる可能性が高い。

 大まかな立ち振る舞いだけ決めておくのが最良だと俺は判断した。


「ゼノ、なんか班長みたいなの」


 パルフィが瞳を輝かせながら見つめてくる。

 その無邪気な顔に俺は苦笑を送りつつ応えた。


「そこはせめてリーダーって言ってくれよ。ってか、リーダーはレナじゃないのか?」

「二人で行動してたからリーダーなんて決めてないわよ。必要なかったし」


 確かに二人ならばわざわざ意思決定者を決める必要性も低い。

 仮に決めたとしても、天然守笑神ボケに任せるわけにはいかないので自然とレナがなるだろう。


「ゼノ、リーダーやる?」

「それいいわね。私、考えるのはボケることだけでいいから、頭脳労働はゼノに任せるわ」

「いや、暫定的なトリオにリーダーいるか?」

「大丈夫よ。どうせゼノとはずっと一緒にいることになるんだから」


 レナのひょんな一言が何故か別の意味に聞こえ、俺は頬を赤くする。

 いや……一緒にいるって、爆笑神おわらいトリオとしてだよな……うん……


「ゼノ、なんで顔が赤くなったの?」

「あー、なんか変な事考えたんでしょう?」

「な、なんでもねぇよっ。おばちゃん、早く飯くれ飯ッ!」


 不思議そうにするパルフィと意味ありげに口角を上げるレナに、俺は気持ちを悟られないように話題を必死に変える。


「はいはい。お待ちどうさん」


 そんな俺らの様子を微笑ましそうに見つめながら、おばちゃんはどっさり料理を盛った皿をテーブルに置いた。


「いただきますなの!」

「今度は俺の分、取らせないからなッ」

「ご飯くらい落ち着いて食べなさいよ……」


 途端に始まったナイフとフォークの食事戦争に、レナがやれやれと溜め息をつく。


「神様たちには頑張って貰わなきゃいけないからね。私も美味しい料理で応援するよ」


 一つの鶏肉ソテーにフォークを突き立てる俺とパルフィに、おばちゃんは不器用にウインクしながら親指を立てた。

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