第27話 称賛(3)

「そう言えば、バロンがキールの名前出してたんだが、何でだと思う?」


 ジェルに溺れる寸前の相手の言葉を思い出し、俺は二人に問いかける。


「人間が堕落魔アンチの名前を呼ぶ理由? 普通なら堕落魔アンチと接点が無い限り名前なんて呼ばないわよね」

「キールってお菓子の名前とか?」

「溺れる寸前にお菓子の名前を口にする奴がいるわけねぇだろ」


 普通に考えればどこかで何かしらの接点があったとするのが妥当だ。

 そしてバロンから魔力カオスを感じたということは…… 


「人間には私たちみたいな力は使えない。それなのに魔力カオスを用いて能力を発動させたってことは、キールと契約した可能性が濃厚ね」

「あいつの名前を呼んだことも考慮すると、考えられるとしたらそれっきゃねぇか」


 人間の中には堕落魔アンチと契約することで力を得て悪事を働く者もいると教わったことがある。

 当時はテキトーに聞き流していたが、能力によっては侮れない存在にもなる。

 バロンがいつどういうキッカケでキールと契約するに至ったかまではわからないが、初めて能力を使用した結果、予想外の現象が起きたせいで本人も驚いていたのだろう。


「あの堕落魔アンチ、変なことばっかしてんな」

「他にもキールと契約する人間が出たら面倒ね。四級神になったことだし、チャッチャとあいつをどうにかしちゃいましょ」

「悪い子こらしめる。堕落魔アンチ退治っ」


 レナとパルフィは新たな力を得たからか、意気揚々としている。

 キールがなんの目的で契約したのか。

 特に能力を使ってバロンが悪事を働いていた様子も見られなかったから余計にわからん。

 まぁキールはバカだから聞けば教えてくれそうな気もするけど。


「しばらく興行所は使えないので営業はできませんが、再開したらいつでもステージをご用意いたしますので、またいつでもいらしてください」

「おう。そのときはよろしくな」


 報酬を手渡し微笑みかけてくるルルドに俺は元気よく返事をすると、晩飯にしようと街の食堂へ向かう。

 辺りはざわめきを取り戻しつつあり、夕日ももうすぐ空の彼方に沈む。

 早めに行かないと店は満席になってしまうだろう。


「お金も貰ったし、たっくさんご飯食べようね」

「お前のたくさんは比例して財布がすっからかんになるからほどほどにな」

「四級神になったんだし、お祝いってことでいいじゃない」

「毎日お祝いみたいな量食ってて、さらに増やしたら報酬いくら貰っても金がもたねぇよ」


 女神たちの主張に俺は苦笑しつつも、内心は〝まぁ今日くらいはいいか〟と賛同していた。


「四級神になった感じどうだ?」

「力が溢れてくる感覚よね。これよりさらに上が何段階もあるんだから、親父ってどんだけ力持ちなのよ」

「きっと山も持ち上げられるっ」

「そっちの力持ちじゃねぇよ。って、きっとできるだろうから否定もできねぇなぁ」


 最高神の力は片鱗しか見たことはないが、空も飛べて瞬間移動もできるアラルを見てしまっていると、本当に何でもできそうな気がした。


「この勢いのまま三級神になれそうな気がするけどな」

「さすがに三級神は四級神ほど楽じゃないよ」「うおっ!」


 突如現れたレナの父親に、俺は思わず声を上げて跳び退く──って、いきなり出てきてんじゃねぇよッ!


「三級神になればさらに使える能力は増えるけど、階級を上げるには今の十倍くらいは人間の正の感情をその身に受けないとね」

「となると、もっと冒険えいぎょうしろってことね」

冒険えいぎょう楽しいっ。もっともっとしたいっ」


 女神たちはやる気満々な様子だが、まだまだ道のりは長い。

 焦ればいつまでもたどり着かないような錯覚に陥ってモチベーションが下がる。

 習慣化するように着実にこなしていくのが大切だな。


「逆に堕落魔アンチは何を魔力カオスに変えてるんだ?」


 一般的に堕落魔アンチは人間の不安や恐怖を糧にしていると聞いたことはある。

 だが、もしかしたらそこも俺の思い込みがあるかもしれない。


堕落魔アンチは人間の負の感情。怒りや悲しみ、絶望といったもので四級、三級と上がっていくみたいだよ」

「人間を殺せば簡単に得られるんじゃないか?」

「力を得ている人間そのものがいなくなってしまうとそれはそれで不都合だからね。生かさず殺さずってのが堕落魔アンチたちの信条みたいだね」


 アラルは恐ろしいことを軽いノリで口にする。

 その説明が正しいとするなら、正負真逆の感情を糧にしている点以外は、神も堕落魔アンチも大差ないように思えた。


「もう二度と悪さしないようにお仕置きは必要だろうけどよ。キールを殺さずに止める方法を考えたいな」

「例え堕落魔アンチが相手でも、爆笑神おわらいが殺しは駄目よね」

「キールを守笑神ボケにするっ。それが爆笑神おわらいの真骨頂っ」

「ハハッ、そりゃいいな。あいつで笑いを取れれば、堕落魔アンチを辞められるかもな」


 堕落魔アンチ爆笑神おわらいになれるかどうか不明だが、成長の糧にしているものが違うだけなら可能かもしれない。

 そんな期待感が俺の心をグッと熱くした。


「前例はないけど、その意気込みは大事だよ。君たちなら何かしらの答えを出してくれるはず。これからも期待しているよ」


 そう言ってアラルはにこやかに微笑んだ。


「はいはい。おっさん臭いことはいいから、帰った帰った」

「えー、せっかく出て来たのにレナちゃん冷たーい」

「呼んでもないのに出て来なくていいわよ。家でママとイチャついてなさいよ」

「わかったよぅ。でも呼んでくれればいつでも」

「私の成長を見守りたいんでしょ? だったら余計な口出しは無用よ」

「可愛い娘には旅をさせろか……寂しいけど四六時中見守ってるからね」

「気味悪いから絶対にやめて」


 本気で嫌がるようにレナが背中を押すと、アラルは「娘に嫌われた……」とガチでヘコみながら消えていった。

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