第3話 ボケの女神(2)

「ふふふ。誰もコンビとは言ってないわ。あなたが叩笑神ツッコミなら、この子を見て本能が疼くはずよっ」

「うずく?」

「さぁ出て来なさいパルフィ!」


 訝しげにする俺を無視し、レナは右手を広げて近くの林に向けて誰かの名前を呼んだ。


「……パルフィ?」


 だが何も動く様子はなく気になって意識を伸ばしてみると、微かに神の気配だけが感じられた。


「ちょっとパルフィ、何してんのよ?」


 出て来ない相手に痺れを切らし、レナが林の中へ入っていく。

 俺も意図が読めないまま興味本位でついていく。

 すると、


「あっレナ、果物一緒に食べる?」


 木からぶら下がっている紫色の果実を口にしながら、白を基調としたフワフワとしたローブ、首に黄色いヘルメットをかけた長い青髪の小柄な少女──パルフィと思しき人物が、ちょこんと地面に座りながら尋ねてきた。


「それ、毒持ちのググザの実じゃない……」

「初見で自殺シーンかよッ!?」


 味は天国に昇るほど美味とされるが、人間が食べたら最後そのまま本当に天に召されると言われる果実を食している仲間に、レナは呆れ顔を返し俺は驚きに目を剥いた。


「まったく……女神じゃなかったら死んでるわよ」

「美味しいよ? 食べないの?」

「いらないわよ。食べたらちょっと体が痺れて動きにくくなるし」


 子供のような大きな瞳とたわわな胸を揺らしながら勧めてくるパルフィに、レナは溜め息をつく。

 神はちょっとやそっとのことでは死なないとはいえ、人間より丈夫ながらも怪我もするし毒も効く。

 致死性の毒でも痺れる程度で済むが、わざわざ口にしようとはレナも思わないようだった。


「もしかしてこいつ……天然守笑神ボケか?」


 守笑神ボケの中でも特殊とされる、自らボケずとも言動そのものがボケになってしまうとされる生粋の天然守笑神ボケ

 養成所にも一人もいなかった逸材に、俺は物珍しいものを見る瞳で見つめた。


「そうよッ。やることなすこと予想外すぎて私もツッコんでしまうほどの大天然ッ。私の旅の連れでもある、天神の娘パルフィよッ!」


 気を取り直したのかわざとらしく紹介するレナに、俺は頬をポリポリと掻きつつ眉間にシワを寄せた。


「天神って、誰も真似できないほどのド天然で有名だよな」

「まさしく! その娘であるパルフィも、天然遺伝子を引き継いでいるのよ! トリオを組むにはうってつけでしょう!?」


 守笑神ボケのレナと天然守笑神ボケのパルフィ、そこに叩笑神ツッコミである俺が加われば最強の爆笑神おわらいトリオの完成。

 そう言いたげにレナは両手を広げ〝さぁ一緒に世界を目指しましょう〟とキラキラした瞳で訴えてきた。


「確かにツッコミ甲斐はありそうだけどよ……」


 守笑神ボケが二人いれば、ツッコミには苦労しないだろう。

 人間たちから笑いを取って最高神を目指すなら、ちゃんと面白い叩笑神ツッコミが欠かせない。

 そういう意味では衝撃的な出会いをした二人の女神は、逸材になり得るとも思える。


「お試し期間ってことでもいいから。ね? ね?」


 俺の表情から踏み切れない気持ちを読み取ったのか、レナは片目をつむり手のひらを合わせ、拝むように頼んでくる。

 その必死な姿に、俺は頭を掻きつつ渋い顔をして。


「まぁ……いつでもトリオ解消しても構わねぇってことなら……」


 〝様子を見てから決める〟と、悩みながらもトリオ結成を了承した。


「やった! パルフィ、一緒に組んでくれるって」

「ん? なに? くんずほぐれつするの?」

「なんで取っ組み合いが始まるんだよッ! って、ハッ!?」

「ふふふ。パルフィに叩笑神ツッコミの本能をくすぐられてしまうようね」

「くっそ。天然恐るべし……」


  酷い聞き間違いをするパルフィに、思わずツッコミを入れてしまう。

 それを聞いて勝ち誇ったように黒い笑みを浮かべるレナに、俺は悔しくなって拳を握った。


「お前も、爆笑神おわらいのくせに堕落魔アンチみたいに笑うなよ」

「会ったこともない堕落魔アンチの真似なんてできないわよ」


 まるで悪者のようだと告げる俺に、レナは〝何言ってんの〟と少し不満げに応える。

 世界には妖獣ラウルもいるが、堕落魔アンチも存在する。

 普段は神や人の目から隠れて行動しているため俺も出会ったことはないが、人間に害意をなす危険な悪魔だということは絵や話で知っていた。


「そういえば、あなたはどこの神の息子なのよ?」


 何気なくレナが尋ねる。

 二人の親は一方的には聞かされたが自分の親のことは話していない。

 俺は二人の顔を交互に見て、知りたくてウズウズしているパルフィの見上げて来る視線を感じ、頬をポリポリ掻きながら言いにくそうに告げた。


「俺、自分の出生知らねぇんだ」

「へ? 冗談でしょ?」

「ボケじゃねぇよ。本当に、自分が誰の子供かわからねぇんだ」


 驚くレナに、俺は悩ましそうに苦笑する。

 神は人間よりも親からの遺伝を濃く引き継ぐ。

 そのため家系の血筋は本人の特性を把握するために重要な要素だが、俺は物心ついたときから養護施設にいたため、自分の両親のことをまったく知らなかった。


「珍しいわね。気になるから親父に聞いてみましょう」

「親父?」

「どうせ見てるんでしょ。出てきなさいよ」


 俺の思考が追い付かないままレナが呼びかけた瞬間、近くの地面から水の渦が巻き起こり、青いローブを着た細身の男が現れた。

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