第30話 燃ゆる山(1)
「あいつ何するつもりだ?」
逃げるだけなら影を使って移動すればいい。
それができなければ俺たちを落とし穴から街に移動させられなかったはずだ。
空をとんで遠ざかろうとしているということは、逃げる以外の何かを企んでる可能性が高かった。
「なんだか嫌な予感がするの」
「早くとっ捕まえたほうがいいかもね」
横並びに飛ぶパルフィが不穏なことを口にする。
その勘を信じているのか、レナも難しい顔をすると飛ぶ速度を上げた。
「あいつ下りていくぞ」
しかし追いつくより先に山頂に到着したキールは、グツグツとマグマ煮え立つ火口付近に着地すると、不敵な笑みで俺たちを見上げた。
「邪魔が入るので、もうここはおさらばするっす。でも最後の土産に人間の負の感情はいただいていくっすよ!」
そう言って右手に巨大な炎の球体を生み出すと、思いっきり振り被ってマグマの海へと投げ入れた。
「マジかよッ!?」
直後、内部で爆発した球体が一気に灼熱を押し上げ、火口から大量にマグマを噴き出させる。
ずっとこうやって噴火を繰り返していたのか、慣れた様子で赤い柱を見つめるキールは地獄から来た使者のようにも見えた。
「もう全部、滅茶苦茶になってしまえばいいっす! はっはっはっ!」
さんざんコケにされてヤケになったのか、腰に手を当てながら高笑いを上げる
その姿はまさしく世の中に悪意をバラ撒く悪魔そのものだった。
「ここにいたらマズイ。いったん山から離れるぞ」
マグマが次々と噴き出してくる火口のそばにいたら、命がいくつあっても足りない。
神とはいえ飲み込まれたらその先にあるのは死のみだ。
俺たちは浮遊したままの体を反転させて山から急いで離れ始めた。
「もう会うこともないっすけど、二度と邪魔するなっす!」
捨て台詞のように大声で吠えたキールは、アッカンベーをすると自分の影の中に隠れるように消える。
バカな奴だとは思ってたがまさか自暴自棄になって、なりふり構わず火山を噴火させる奴だとまでは思わなかった。
「噴火の規模がデカすぎるわよ」
火山への刺激が強かったのか、噴石を伴いながらマグマを噴き続ける山にレナも焦りを口にする。
今までは煙とわずかなマグマを放出するだけの小規模な噴火のみだったと聞いているが、今回は明らかに規模が違う。
このまま放っておけば山の近くにある村は壊滅は免れないし、クイナシティにまで被害は及ぶだろう。
俺は急ぎ
すると火口を塞ぐように岩が急激に突出し、マグマの流出を止めるが。
「くっそ。俺の力じゃ止め切れねぇ」
それも一瞬のことで、岩を突き破って再び噴き出したマグマに俺は歯を噛んだ。
「噴火の威力が強すぎて、私たちの能力でも完全に止めるのは無理そうね」
レナが歌ってマグマの勢いを鎮め、パルフィが巨大な岩を落としてみるが、噴火の勢いと範囲が手に負えないレベルになっていて、どうやっても流出を防ぎ切ることはできない。
「このままじゃ村が無くなっちまう。村人の避難を手伝うぞ」
噴火のことはマイン村の住人も気づいているだろうが、突然のことで避難が間に合わないはず。
噴石も飛んでいる以上、被害を食い止めつつ避難をサポートするべきだ。
そう思い俺たちは飛んできて当たりそうな噴石を破壊しながら村へと急ぐ。
そしてマイン村に到着すると、村の中は案の定騒然としていた。
「村長。村に被害は?」
俺はおののく村人の中から村長を見つけ、被害状況を問い質す。
すると村長はすがるような眼差しで駆け寄ってきた。
「おお神様。村にはまだ被害はありませんが、小さな噴石も落ちてきています。今まで見たことがない規模の噴火で、このままでは村が無くなるどころか、自分たちの命さえも危ういのではないかと皆パニックになっております」
右往左往する者、荷物をまとめる者、呆然と立ち尽くす者、様々な反応を示している間にも村人の頭には灰が降り注ぎ、景気を次第に暗い色に染めていた。
「とにかく時間を稼がないと。パルフィ、村を包むようにバリア張れるか?」
「うん、やってみる」
そう言ってパルフィがヘルメットを被ると、瞬時に羽の生えた帽子へと変化した。
そして軽く目を閉じ
パルフィのヘルメットは周囲に強力なバリアを張ることができる神具だ。
戦闘があることを想定してキールと戦う前日に、各々が使える能力や神具を再確認したときに披露して貰っていた。
これで村人の安全は確保されたが、あくまでも一時的な処置だ。
バリアを解けば噴石は降り注ぐし、マグマが麓まで到達すれば周囲を囲まれて絶体絶命に陥ってしまう。
なんとか噴火を止めるか村人を遠くへ逃がさないといけない。
「範囲が広すぎて火口にフタは無理だったし、あんだけ噴火してたらもう近づくのも厳しいな」
山を見上げると噴火が噴火を呼ぶように、マグマと噴石の流出の激しさが増大していた。
どこまで規模が拡大するかは不明だが、山の中腹まで流れてきているマグマを放っておけば村は火の海に包まれるだろう。
「熱いなら風で冷やせば止まる?」
「さすがにそんなんじゃ止まらないわよ。例え水をかけても一瞬で蒸発するわね」
自身の風の力でどうにかできないかとパルフィが問うが、レナは頭を振って無理だと否定する。
可能性があるとしたらレナの氷の
それでマグマを急速に冷やせば固まって流出を止められるかもしれないが、いかんせん範囲が広すぎて一人では半分を冷やし固めるのが精一杯だろう。
「いや、待てよ……」
俺はふと思いついたアイディアを実行しようと、レナに向き直った。
「レナ、一番強い氷の
俺が指示を伝えるとレナは訝しげに眉を寄せた。
「良くて山の半分ぐらいしか凍らせられないわよ?」
四級神になって
しかし俺は自身の胸をドンと叩くと力強く言った。
「大丈夫。二人ならイケるはずだ」
フッと口角を上げた俺の表情の意味をレナはハッとしながら受け取ると、山の頂上を見上げて不敵に笑った。
「わかったわ。思いっきりやるわよ」
そんな仮の相方の様子に俺はフッと苦笑する。
そしてレナは伸ばした右手の手首を左手で掴んで、もう一人の女神に声をかけた。
「パルフィ、十数えたらバリア解いて」
「うんわかった」
そう告げ意識を集中し
まるで氷の精霊のような雰囲気を漂わす女神の姿に、俺は思わず息をするのを忘れてしまいそうになる。
そして冷気の渦が周囲に伝播し、レナの周囲の地面に霜柱を形成すると、人間サイズになった球体の中で竜巻と化した氷の粒が、溢れそうになった。
そして合図からちょうど十秒後。
「エターナル・ダスト」
パルフィがバリアを消した瞬間、押さえ込んだ冷気を前方に一気に解き放つ。
すると噴火するように大量の氷の粒が上空へと噴き出し、ギギアル山の中腹にぶち当たった。
「おおっ、山が凍りついていくよっ」
衝突した場所を起点に急激に凍結し始める山肌に、パルフィがキラキラとした瞳で興奮気味に叫ぶ。
ダイヤモンドダストが張り付きながら、広がる景色を氷の世界に描き変え、触れる物すべてをクリスタルのごとき透明な檻に閉じ込める。
そしてマグマすらも冷やしただの黒い塊へと変質させていくが。
「ヤバイ……かも」
レナは気難しそうな表情を浮かべて、頬に汗を一滴流す。
だがマグマの熱と量が予想以上で、山の中腹から七合目辺りまでは凍ったものの、よく見ると氷の進行度合いがそこから広がりにくくなっていた。
このままでは山頂付近まで到底及ばず、噴火を止めることはできない。
「俺に任せろ!」
このまま放置しておいたら確実に競り負ける。
それならばと俺はレナの横に立ち、同じく右手を山に向かって突き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます