第31話 燃ゆる山(2)

「ゼノ、何するの?」


 意図がわからず疑問符を浮かべるように首を軽く傾げたパルフィに、俺は答えの代わりに一言だけ発した。


「〝モノマネ〟」


 そう口にした瞬間、俺の手の平からダイヤモンドダストが噴き出しレナの根源術マナと混ざり合い。

 質量を増した嵐が山肌にぶつかると、七合目辺りで停滞していた氷結を一気に加速させた。

 次々に氷の中に閉ざされていくマグマが、軋む音を立てながら溶岩石へと変貌していく。

 そのまま八合目、九合目とあっという間に氷結させていくと、山頂付近に差し掛かった氷が噴き上げるマグマをその姿のまま閉じ込め始めた。


「くっそ、間に合えっ!」


 しかしあと一歩のところでマグマと氷が拮抗する。

 山を氷漬けにするのが先か、俺たちの神力ジンが枯渇するのが先か。

 ギリギリの瀬戸際に俺は焦る気持ちを抑え切れず、凝視するようにマグマと氷の攻防を見守る。

 溢れてくる灼熱が氷を蒸発させ、極寒がマグマの勢いを封じ込めていく。

 まるで剣と剣を交え押し合っているかのような光景に、村人たちも固唾を呑んで見守っていた。


「あと……少し」


 俺は気力を振り絞って出力を上げ神力ジンを注ぎ込み、氷の隙間から噴き出そうとしているマグマを気合いで閉じ込める。


「負けるもんですか!」


 レナも最後のひと押しと声を張り上げ目尻を釣り上げる。

 すると増幅した力に自然が屈服するように、流出していたマグマは勢いを衰えさせながら凍っていき、やがてすべてのマグマが黒い芸術へと昇華された。


「ギリギリ……なんとか……」


 俺は肩で大きく息をし、いつの間にか流れていた汗を腕でグッと拭う。

 もし神力ジンが尽きていたら、マグマを御し切れずに流出を止めることは絶対にできなかっただろう。

 中腹から山頂まで万遍なく氷に閉ざされ、山肌を黒い溶岩石で固めたギギアル山を眺め、俺はハァーと長い溜め息を吐いた。


「かき氷みたい。何味かな? チョコレートかな?」

「あれ見て食い気が出てくるとは、さすがっすねパルフィさん」

「緊張感ある状況は爆笑神おわらいが体験するもんじゃないわね」


 一周巡って感心するレベルの発言に、俺はハハハと乾いた笑いを返す。

 一方のレナは肩をグルグル回し、ひと仕事終えたように疲れた表情を浮かべていた。


「おお……これで村が救われました。本当にありがとうございます」


 村長が俺の横まで近づいてくると、大袈裟に倒れ込み頭を地面に着けるほど頭を下げた。


「観光名所なのに、噴火できないくらい凍らせちまったけどな」

「滅相もない。観光より村民の命のほうが大切ですので」

「そのうち自然に溶けるから、また元通りの山になるわよ」


 やりすぎかなと思う俺に村長は頭を振り、レナは〝問題ないでしょう〟と髪を掻き上げる。

 一見余裕たっぷりな仕草に思えるが、息が少し乱れているのを見ると、村を守るために全力を尽くしてくれたのは誰が見ても明らかだった。


「レナもパルフィもありがとな」

「そ、そんな真面目な顔してお礼言われても何も出さないわよっ」

「お礼ならご飯がいいなっ」

「お任せください。村の者総出でおもてなしさせていただきますので」


 何が恥かしいのかレナは顔を赤くしてそっぽを向き、パルフィは言葉より食事だと催促すると、村長が周囲にいる村人たちを呼び寄せた。


「神様たち、ありがとうございます」「命の恩人たちに最大級の感謝を」


 すると村人たちは盛大な拍手と感謝の言葉を次々と贈ってくる。

 その手放しで浴びせられる称賛に、俺は嬉しさと恥ずかしさで頭を擦るように掻いた。


「力がみなぎってくるよ」


 直後、パルフィが興奮を示すと俺の体にも先程の根源術マナと能力を使って失った分を余裕で超える神力ジンの高まりを感じ始めた。


「村の皆からの正の感情ね」

「バロンたちの事件を解決したときよりエネルギーがすごいぞ」


 街で浴びた大勢の人間からの正の感情より圧倒されるような強大なパワーに、このまま三級神になれるんじゃないかという錯覚さえ覚える。


「村や命を救ったから、それだけ皆の正の感情が強くて大きいのよ」

「すっごく気持ちいいの」


 神力ジンの増大と共に心も体も洗われ研ぎ澄まされていくような感覚に、パルフィは目をつむり顔を天に向けていた。


爆笑神おわらいだから普通に人前でネタをやって、笑いを取って最高神を目指すのも一つの道よ。だけど私はこうやって心の底から喜んで貰えるのが大好きだから、冒険えいぎょうを続けたいって思うの」

「人間たちも幸せいっぱい、私たちも幸せいっぱい。とっても楽しいの」


 本当に嬉しそうに微笑む二人に、俺の心臓はドキッと跳ねる。

 私たちは人間たちの命を守り生活を守り環境を守るために活動していると、その誇りと喜びを謳う女神たちは、手を差し伸べればすべてを救ってくれそうな慈愛に満ちていた。


「これからも多くの人間たち、たくさんの場所。色んな出会いがあって、ドキドキハラハラすることも数多くあると思うけど、こんな素敵な感覚を味わっちゃったら、もうやめられないわ。ね?」


 温かな眼差しと言葉をかけ続ける周囲の村人たちに視線を巡らせ、レナはウインクを俺に送ってくる。

 だからといってトリオを継続することを強制するでもなく〝今を楽しみましょう〟と暗に告げてくる眼差しに、胸の中にジンと熱いモノが湧いてきた。


「では準備を始めますのでお三方は私の家でおくろぎください。さぁみんな、今夜は祝いの祭りだ」


 村長の鶴の一声でワッと活気づいた村人たちは、村の共同倉庫として使っている場所からテーブルやイスをせっせと運び始める。


「お祭り大好き。美味しいご飯、楽しい踊り」

「気分がいいから私も手伝うわよ」


 ワイワイと賑やかになった村人の輪の中に、パルフィとレナも積極的に混ざっていく。


「まっ、ただジッとしてるのは性に合わないしな」


 そんな二人を見て俺もフッと口角を上げると、背中を追いかけるように駆け寄っていった。

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