第32話 影の支配(1)

「もうすっかり昼ね」


 活気づいている街並みをぼんやり眺めつつ、レナが大きなあくびを噛み殺し平和な空気を堪能する。

 夜遅くまで続いた祭りのような盛り上がりに、俺たちは村で一泊することを余儀なくされ、翌日遅めの時間に村から見送られクイナシティへと戻ってきていた。


「お昼ごはん食べたいっ」

「さっき遅めの朝食ご馳走になったばかりだろ」


 興行所の事件解決と火山の噴火を止めた報酬で懐事情は良くなった。

 しばらくはただ食っちゃ寝生活も可能ではあるが、パルフィの食の旺盛さを考えると要望に合わせて食事をするわけにはいかない。


「屋台のご飯くらいだったら、自分で買って食べ歩きしてもいいわよ」

「やった! あの焼き肉買ってくるねっ」


 レナの許可を貰った途端、すでに目星をつけていたのか近くにあった屋台へとパルフィは駆け寄っていった。


「屋台ごと買いそうな勢いだな」

「最低限のお金しか渡してないから、さすがに大丈夫よ」


 意外としっかりしていたレナの金銭管理に苦笑しつつ、パルフィが戻ってくるのを待った。 


「そういえば、ここってバロンの興行所がある場所よね」


 ふと視線を近くの建物に移し、レナが何気なく呟く。

 クイナシティに来てからは依頼やら事件やらで楽しむ余裕がなかったので、休みがてら街を巡ろうとテキトーにブラブラしていたのだが、いつの間にかバロンが運営していた興行所エンテーの前に来ていたようだ。


「あれ? バロンって逮捕されたのよね?」

「ん? そのはずだが?」


 ジェルの海に沈んだ後、役人がぬるぬるした足元を嫌そうな顔をしながら進み、バロンとマルクが運び出されていくのを俺たちも見た。

 ゆえに確実に街中にはいないはずだが。


「じゃあなんで興行所が営業してるの?」


 訝しげに問いかけてきたレナに、俺も違和感を覚えて眉根を寄せる。

 経営者が逮捕されたのだから、普通は場が混乱するはずだし落ち着くまで興行を見合わせるものだろう。

 しかし興行所に次々と人が入っていく光景は、休演しているようには見えなかった。


「なんか変だな。ちょっと様子を見てみるか。パルフィ、行くぞ」

「はひっ?」


 口に焼肉串を頬張りながら振り返ったパルフィは、はむはむゴクンと肉を飲み込むとタタタッと駆け寄ってくる。

 そしてレナが口の端に付いたソースを拭き取ってやると、三人で興行所に入っていく人の流れに近づいていった。


「なぁ、ここの興行主って捕まったんだよな?」


 エンテーに入って行こうとしていた女性に俺は話しかける。


「そうらしいわね。でもライド興行所のルルドさんが引き継いで興行してるみたいよ」


 サラリと告げそのまま中へ入っていく女性の背中を見つめ、俺は強い違和感を抱いた。


「なんかおかしくねぇか?」

「ん? 変なところあった?」


 今聞いた話に奇妙さを感じなかったのか、レナは頭にハテナマークを浮かべたような表情で応えた。

 パルフィはまだ次の串肉を頬張るのに夢中になってたけど。


「昨日、興行主が捕まったのに次の日には普通に営業するって変じゃねぇか?」

「そう? バロンがいなくなっても皆で頑張ろうってやってるんじゃないの?」

「いくらなんでも話が早すぎじゃねぇか? 考えてもみろよ。ルルドが引き継いでって言ってたけど、自分の所がボロボロな状態なのに、そっちを片付けずにライバルだった興行所を翌日に運営するって、普通だったら思いつかないんじゃねぇか?」


 ルルドの興行所は大量のジェルに埋もれていた。

 それを片付けるのは一日では厳しいだろうし、仮に他人に片付けを任せたとしても他人の興行所を運営するという発想がすぐにできるとは思えなかった。


「片付けやら修理の費用を稼ぐために、空いた興行所を使ってるんじゃない?」


 レナの言うことにも一理ある。

 互いの興行所の演者も生活があるし、何もせずにただ休んでいるというわけにはいかないだろう。

 しかしそれにしても行動が早すぎる気がして俺の心はザワついていた。


「とりあえず気になるから確認するだけしていいか?」

「別にいいわよ。何か依頼を抱えてるわけじゃないし」


 レナの同意を貰い、俺は人波の先にある興行所の中を見据える。

 何事もなくレナの言う通りなら問題はない。

 ただ目には見えない黒いモヤが立ち昇っているような奇妙な雰囲気を興行所の中に感じ、どうしても拭い切れないシミを消したくて仕方なくなっていた。


「人がいない所から中に入ってみよう。んで、ルルドがいたら話を聞きたい」

「りょーかい。それなら屋上から入るのが良さそうね」


 屋上へはジャンプして登ってもいいし、空を飛んで下り立ってもいい。

 神ならば潜入する手段はいくらでもあった。


「よし。善は急げってことで行く……ぞ」


 俺は意気込んで静かだったパルフィを振り返ると、パルフィは三本目の肉串を大きな口を開けて頬張っていた……


「誰もいないわね」


 人気のない場所からジャンプで興行所の屋根に上り、最上部にあった明かり取りの窓から侵入した。

 そこは細長い通路になっており、左右に分かれた道の先はカーブしていて先が見通せない。

 円形になっている興行所の外周に位置する通路なのだろう。


「奥からザワめきは聞こえてくるな」


 観客が大勢入っているためか、人が話す雑然とした音は通路の左手から聞こえてくる。

 どうやら左がステージに繋がる通路のようだ。

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