第11話 初陣の影(3)

「なっ、どこにいる!?」


 声はすれど姿は見えず。

 軽い口調の男の声は、地面から響くように聞こえてきた。


「フフフ。俺がどこにいるかわからないようっすね。しょせん神はその程度の力ってことっすね」

「……なんかムカつくわね」


 勝ち誇ったような物言いに、レナは片眉をピクンと上げる。

 その顔を見てパルフィは何を思ったのか右手を頭上に掲げ、


「エア・ビート」


 神力ジンを解き放つと、空から地面に向かって無数の風の弾を雨のように降らせた。


「いて、いて、痛ったぁっ!」


 直後、転がっている岩の影から赤髪を逆立たせた男が、頭を痛そうに抱え足をバタバタさせながら飛び出してきた。


「ちょっと何するっすか!」


 赤髪男はビシッと指を差しパルフィを非難する一方、明らかに人間ではない登場の仕方に俺は警戒感を一気に跳ね上げた。

 服は全身黒く、素肌に直接羽織った袖のない前開きのパーカー。

 腰に下げた短剣。

 見た目は神や人間と同じだが、伝わってくるピリッとしたオーラは明らかに俺が普段感じたことのないものだった。


「ご飯じゃなかったの」

「飯が落ちてたとしても攻撃したら粉々になるだろうがよ……」


 残念そうに落ち込むパルフィに、俺は解けそうになる緊張感をなんとか保つ。


「俺のこと無視してイチャイチャしないで欲しいっす!」

「これのどこがイチャついてるってんだよ……ってかお前、誰?」


 つり目をさらに上げて抗議する同年代ぐらいの男に、俺はいつでも攻撃できる体勢のままで問いかけた。


「俺はキール。生粋の堕落魔アンチっす」


 すると男は名乗りを上げ、無駄に白い歯をキラめかせて親指を立てる。


「こいつが堕落魔アンチ……」


 話には聞いていたが、初めて出会った堕落魔アンチに俺は困惑の表情を浮かべる。

 神は人を笑わすことで神力ジンを得て序列が上がっていく。

 一方で堕落魔アンチは人を悲しませることで魔力カオスを得て力をつけていくと言われていた。


「なんか見た目と口調からして、すっごく頭悪そうね」


 レナが半目で感想を述べると、キールは頭に血が上ったようにすぐに顔を赤くした。


「誰の頭が悪そうっすか! そっちこそ見た目からして、全員美人じゃないっすか!」

「いやそれ褒め言葉だし、俺は男だから」


 バカにしようとして余計バカさ加減を露呈したキールに、俺は手を横に振りながらツッコむ。

 こいつ生粋のポンコツなんじゃないか?


「キール、勉強できなくて人生大変そうな見た目してる」

「こ、これでも成績はいつも下から数えたほうが早かったっすよ!」


 天然のパルフィにまで言われ、返した言葉がより評価を下げさせる。

 目の前に堕落魔アンチがいる状況でも変わらないレナとパルフィのマイペースぶり。

 それが逆に俺の思考の冷静さを押し支えてくれた。


堕落魔アンチってこんな奴ばっかりなのか?」


「こいつが特殊なだけじゃない? 堕落魔アンチは私たちと大差ないって親父に聞いてるし」

「なるほど。ってかこいつより成績悪い奴がいるってことが衝撃的だけどな」


 レナの説明に俺は〝堕落魔アンチにもいろんな奴がいるんだな〟と、哀れみの目でキールを見つめた。


「ちょっと、いい加減にしないと怒るっすよ!」

「今までは怒ってなかったのかよ」

「さっきまではイジって貰ってちょっと心地よかったっすけど、さすがに程度が酷いっす!」

「ドMの堕落魔アンチかよ……」


 変わった性癖を持つ相手に、俺は頬をピクピクさせながら一歩後ずさる。

 さすがにキールが特殊なのだと思いたいが、もしほかの堕落魔アンチも似たような感じであれば、見かけたら全力で逃げるのが賢明そうだ。


「で、おバカでドMな堕落魔アンチが私たちに何の用よ?」


 隠れていた理由を尋ねるレナに、キールは〝よくぞ聞いてくれた〟と言わんばかりに、腕を組み胸を反らして言った。


「あんたたちは、俺が火山を噴火させて人間たちから魔力カオスを得ているのを邪魔しに来たっすよね? だったら迷惑だから帰って欲しいっす」


 クレームを申し出るようにムスッと口をすぼませ告げるキールの言葉に、俺とレナは顔を見合わせ。


「へー、噴火はお前が原因だったのか」


 ハリセンをブンッと振り、


「じゃああんたをどうにかすれば、依頼は達成するわけね」


 レナは指を重ねてポキポキと鳴らした。


「あ、あれ? もしかしてこれピンチっすか?」


 よくよく考えれば三対一だったことにようやく気づいたのか、キールはヤバそうな雰囲気にたじろぐ。

 堕落魔アンチには初めて対峙するが、階級さえ違わなければ実力的には爆笑神おわらいと大差ないと聞かされている。

 しかも相手が一人なら、多少の実力差があってもどうにかできるだろう。

 曲がりなりにも最高神たちの子供である三人なら、負ける要素はほぼ皆無のはずだ。


「くっ……来るなら来るっす! 勉強はできなくても、戦闘なら得意っすよ!」


 キールは腰にあった短剣を引き抜き、顔の前に構えて俺たちを威嚇する。

 しかし怯えがあるのか、その腰は大きく引けていた。


「根性だけは認めてやるけど」

「無謀って言葉、知ってる?」


 俺とレナが神力ジンを集め手のひらを光らせ挑発する光景に、キールは息を飲んみつつ短剣を持つ手に力を入れ。


「ここで引いたら男が廃るっす! これでもニヵ月前にはそ──はうっ!」


 飛んできた人の頭サイズの噴石を脳天に直撃させると、面白いように吹っ飛んで地面に倒れた。


「…………これ、どうするよ?」

「どうするって言われても……」


 俺の一言に、〝私に話題振らないでよ〟とレナは困り顔で答える。


「どうしたの? お腹空いたの?」


 パルフィがしゃがんでキールの頭をツンツンとつつくが反応はない。

 呼吸はしているので死んではいないようだが、始まる前に終わった戦闘に空気は完全にシラけてしまった。


「あっ起きた」


 頭を振りながらヨロヨロと立ち上がったキールを見て、パルフィがなぜか嬉しそうに顔を見上げた。


「ふ、不意打ちなんて卑怯っす」


 キールは慌てて距離をとり、指をビシッと俺たちに向ける。

 額の端が少し赤くなっているのが滑稽で格好悪いけど。


「私たち何もしてないわよ?」


 神力ジンによる攻撃だとでも思っているのか、いわれのない文句にレナは手のひらを横に振って否定すると。


「さ、作戦を立てて出直すっす!」


 それを聞いてどう解釈したのか、キールは一方的に再戦を宣言するとジャンプして岩陰に飛び込み、現れたときと同じように影からどこかへと消えていった。

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