第10話 初陣の影(2)

「おらよっ!」


 紙のハリセンで一つの人影を横からスイングして叩く。

 すると妖獣ラウルは笑えるほど高く空中に舞い上がり、豆粒ほどの小ささになるまで飛んでいくとパンッという音を立てて消滅した。


「次つぎぃ!」


 予想以上に爽快な手応えに快感を覚えた俺は、一体二体と影をハリセンで叩き空の彼方へとふっ飛ばしていく。


「ウォーター・トレント」


 そこに激しい水流が巻き起こり濁流となると、影たちは成す術なく飲み込まれ十体近くが一気に消えた。


「一人で楽しんでないで私も混ぜなさいよ」


 水流を発生させた張本人のレナが、ウズウズしているかのように告げる。


「なら、どっちが多く倒せるか勝負なっ」

「いいわね。今は私のリードね」

「あっ、ずりぃぞ。神力ジン使うのアリなら俺だって」


 得意げに鼻を鳴らすレナに、俺は手のひらに意識を集中すると力を集めるイメージをし、溜めたエネルギーを言葉と共に開放した。


「スピア・スタブ」


 俺が神力ジンを解放すると、地面から錐状の岩がいくつも生み出され、遠巻きにうかがっていた影を次々と貫くと、二人の攻撃で妖獣ラウルの数は一気に半分まで減った。


妖獣ラウルと戦うのは久しぶりだけど、楽勝だなっ」


 近づいてきた一体をハリセンで吹っ飛ばしつつ、俺は余裕の笑みを浮かべる。

 小さい頃に友達と山に妖獣ラウル退治の遊びに出掛けたことが何度かあったが、それ以来の楽しい感覚に気分が高揚してくる。

 強靭な妖獣ラウルであればそれなりに苦戦する可能性もあるが、目の前にいる影たちはたいして強くはないようだった。


「負けてられないわねっ」


 その光景を見てレナも負けず嫌いを発揮したのか、手に持った鍋のフタをきらめかせ影を思いっきり弾き飛ばす。

 すると銀光が妖獣ラウルに当たった直後、ザザザッと地面を擦り土煙を上げながら転がっていき、遠く離れた岩にぶつかって止まった。


「防御じゃなくてフタで攻撃するのかよッ」

「ゼノもハリセン使ってるんだから似たようなもんでしょ。もちろん防御にも使えるわよ」

「えげつねぇ……」


 鍋のフタで敵を轢くように攻撃したレナに、俺は頬を引きつらせた。


「わー、楽しそう。私もやるねっ」


 二人の戦闘を見て遊んでいるとでも思ったのか、〝私も混ぜて〟と自ら敵の中へパルフィが飛び込んでいく。


「インガルフ・エア」


 前方に空気の球を放つと急激に周囲の空気が吸い込まれ、残っていた影がすべて一カ所に集まった。


「いっくよー」


 直後パルフィがものすごく楽しげに、妖獣ラウルたちの頭上に巨大なピコピコハンマーを出現させると、ドゴンッという激しい破砕音を響かせながら全員押し潰した。


「え、えげつねぇ……」


 見た目と声の可愛さに相反する容赦ない攻撃に、俺は本気でドン引きしながら敵が全員消えていくのを見つめるしかなかった。


「パルフィは風系統の神力ジンと、想像した物を創造できる〝モノボケ〟能力を持ってる子だから。まだまだこんなもんじゃないわよ」


 あとに残った巨大な穴を気にもせず、レナが相方の能力を自慢げに紹介する声に、俺はグギギと首を動かし。


「……俺たちも巻き込まれそうで怖ぇな」

「それは、うん……」

「否定できねぇのかよッ!」


 何度か巻き込まれでもしたような言い草に、気まずそうに視線を泳がすレナに俺は恐怖に震える。


「戦う時はパルフィの動きにも注意しなきゃな……」


 妖獣ラウルと戦闘になることはあまりないだろうが、味方からの不意打ちはご免こうむりたい。

 俺は地系統の神力ジンが使えるがレナはどうやら水系統を使うようだ。

 ほかにどんな能力を持っているかはわからないが、そのうち見ることになるだろう。


「さて、妖獣ラウルは倒したけど火山どうしようかしら」


 マグマがここまで流れてくるほどの規模ではないが、ずっとこの場にいるとそのうち噴石に当たりそうな雰囲気はあった。


「さすがに火口の調査には行けねぇな」


 今からマグマが流れている場所まで登っても何も見つけられないだろう。

 というか、命の危険がある場所にわざわざ行くバカはいない。

 今日は諦めて噴火が落ち着くのを待って再調査に向かうのが賢明だ。


「頂上にある温泉、浸かれないの?」

「そうそう。温泉に入ればもれなく超高温のマグマも流れ込むから、ぬるま湯の心配はねぇな。って、まだ入る気満々だったのかよッ! ってか頂上に温泉あるなんて話してねぇよッ!」


 呆れを通り越して感心するレベルの天然っぷりに、俺はノリツッコミを返す。

 この状況を見ても登ろうとする神経、どうなってるんだパルフィよ……


「へー。ゼノってノリツッコミもできるのね」

「変なとこ感心してんじゃねぇよ。それよりどうするか考えるのが先だろ?」


 じゃれ合っている間にもゆっくりとではあるが、マグマは山肌を下り拳大の噴石が降り注いでいる。

 マグマに浸からない限り死ぬことはないが、それでも噴石が当たれば少しは痛い。


「仕方ないわね。パルフィ、一度村に戻るわよ」

「能力使ったらお腹空いちゃったね」

「今度はちゃんと俺の分の飯、残してくれよな」


 戦闘のあった現場から撤収しようと、俺たちは揃って山を背に歩きだす。

 この程度の噴火であれば村に被害は出ないだろう。

 来たばかりで帰るのは気分がモヤモヤするが、できないことを無理に実行しようとしても徒労に終わるだけだ。

 俺ははぁと息を吐きながらハリセンを腰に収めようとすると。

 電気が走るようにピリッとした感覚が脳内を通りすぎた。


「──なんだッ!?」


 味わったことのない感覚に、俺はハリセンを構えてバッと背後を振り返る。


「どうしたの? ご飯でも落ちてたの?」

「こんな所に、んなもん落ちてるわけねぇだろ。ってか、変な感じが……」


 パルフィが不思議そうに尋ねると、俺は眉間にシワを寄せながら周囲を見渡した。


「どうやら気のせいじゃないみたいよ」


 レナも何かを感じとったのか、鍋のフタを片手に辺りを警戒するような仕草を見せた。

 すると、


「へぇー、やっぱり気づくんすね」


 聞き覚えのない男の声が耳に届いた。

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