第9話 初陣の影(1)

「近くで見るとかなりでかいな」


 調査に時間がかかることを考慮してリルド村の宿で一泊し、翌日朝に火山のふもとまで三人で走り約五分。

 およそ二千メートルはある高さに、すそ野が広がるギギアル火山は、この国有数の観光地となっていた。

 はずなのだが、


「やっぱり誰もいないわね」


 観光ルートとなっているはずの一合目の山小屋の中やその周辺にも、人間の姿は全く無かった。


「さて、どこから手を付けたものか」


 冒険えいぎょうの勝手がわからないというのもあるが、だだっ広い範囲のどこに原因があるか検討もつかないと、俺は眉をひそめながら周囲を見渡す。

 山肌には草花が咲き誇り、山の上にいくほど岩肌だけが顔を覗かせ、すそ野には木々が生い茂っている。

 ここまでは地面の見える道を来たが、少し道を外せば迷子になるだろう。


「噴火をどうにかするのが依頼だから、まずは噴火口を見に行くのがいいでしょうね」

「この山登るのかよ。面倒くせぇな」


 噴火地点はちょうど山の頂上付近だと聞いている。

 今は煙を吐いている様子もないが、レナの言うとおり原因を探るなら一番上まで登るしかないだろう。


「山登り、ハイキング、楽しそう」

「ただの観光だったら楽しいんだろうけどな」


 一人気楽なパルフィに、俺はハァと溜め息を漏らす。

 登ることは神であれば苦にはならない。

 ただ平地と違って移動しにくいのは目に見えているからこそ、どうも気乗りはしなかった。


「仕方ねぇ。ダラダラ登ってたら時間かかるから、一気に頂上まで行っちまうぞ」


 人間なら山頂に着くまで一日はかかる高低差だが、俺たちなら二十分もあれば登りきれるだろう。そう思い俺が返事も待たずに登ろうと足に力を入れると。


「何か出てきたの!」


 パルフィのワァッと驚く声が聞こえた。


「なんだこいつら」


 その声の向かう先に視線を送り何が起きたのか確認すると、地面から盛り上がるように黒い人影がいくつも現れるのが視界に入った。

 それは影をそのまま立たせたような姿で、全身真っ黒な人間にも見えた。


「あら、私のファン?」

「んなワケねぇだろッ!」


 五十体は生まれ出た人影に、レナは慌てず騒がず冷静にボケを挟む。


「さっきの村の人たち?」

「村人に黒い奴一人でもいたかよッ!? お前らといると話が進まんわッ!」


 さらに天然発言を重ねてくるパルフィが何か言う前に、腰に差したハリセンを抜くといつでも振り回せるように肩に構えた。


妖獣ラウルが増えてるって言ってたけど、こいつらのことかしら?」

「だろうな。通行の邪魔だし、村人たちに危害を加える前にチャッチャと片付けて、噴火口の調査に行くぞ」


 放置して先に進むこともできるが、こいつらがいると村人はいつまでも不安な日々を過ごすことになる。

 せっかく目の前にいるのだから、倒せるなら倒しておきたかった。


「さぁどいつからかかって」


 襲いかかってきた奴からぶっ叩いてやろうと俺が景気よくパンパンとハリセンを手のひらにぶつけながら見守っていた。

 そのとき、


「地震なの?」


 急に小刻みに揺れだした地面に、パルフィが視線を落とした。


「これってまさか!?」


 その意味することに俺はハッとし、山頂を見上げる。

 すると向かおうとしていたギギアル山の山頂。

 その高い頂きから真っ赤なマグマが低い地鳴りを伴って噴き出した。


「…………いやー。火山の噴火ってこんなに綺麗なのね」

「なに現実逃避してんだよッ!」


 規模は大きくないがマグマを次々と噴き出し、山頂から岩石を放出しまくり始めた火山を見ながら悠長なことを言っているレナに、俺は反射的にツッコむ。


「火山の近くって温泉が沸くんだよね。三人で入りに行こうよ」

「いやいや死ぬからねッ? 神と言えど何千度のマグマには耐えられないからねッ?」


 ボケたおばあさんのようなことを言うパルフィに、叩笑神ツッコミとしての本能が炸裂する。

 守笑神ボケと天然守笑神ボケに任せていたら命がいくつあっても足りない。

 俺は頭を抱えそうになりつつも周囲に視線を送った。


「どうすりゃいいんだよ」


 妖獣ラウルに囲まれている状態で目の前の火山が噴火し、マグマが流れて来ている。

 人間であれば間違いなく生き残れない状況に、俺はどう対処すればいいか戸惑っていた。


「さてと。楽しくボケてたいけど、とりあえずこの状況どうするの?」

「現実に帰ってきてくれてありがとう」


 あっけらかんとした表情で目の前に立つ複数の妖獣ラウルを見据えながら、無事帰還してくれたレナを俺は頬をひきつらせ迎え入れる。

 守笑神ボケの本能がそうさせてしまうのは理解できるが、シリアスなシーンぐらいは真面目にやって欲しいものだ。


「あっマグマに浸かるというのもオツな気がするね」

「俺の話聞いてましたッ!? パルフィさんは早く現実に戻ってきてください!」


 一方、なかなか危険度を理解してくれないもう一人の女神に、想わず口調が敬語になった。


「もう! 自分の身は自分で守れよ!?」


 天然守笑神ボケに構っていては本気でこちらの身がもたないと俺はハリセンを両手で持ち、ジリジリ迫ってくる人影の妖獣ラウルたちを睨んだ。


「仕方ないわね。チャチャッと片付けて温泉に入りましょ」


 目的がすっかり変わっているがどうにかレナは鍋のフタを掲げ、大胆不敵な笑みを浮かべて戦闘の意思を見せた。


「あれ? 温泉に入る前の運動?」

「そう運動運動。だからパルフィも体動かしておけ」

「わかった。妖獣ラウルと思いっきり遊ぶね」


 俺たちが遊び始めるように見えたのか、パルフィは混ざる宣言をするとワクワクした様子で両拳を握って上下に振った。


「地形が変わっちまうからほどほどにな」


 三人が戦闘モードになり体から神の気配を強く放ち始めると、妖獣ラウルたちはたじろぐように一歩後ずさった。


「てめぇら、覚悟しろよ」


 自身の肩にハリセンをパンパンと景気よく叩きつけながら、俺はニヤリと口の端を上げる。


「行くぜ!」


 そして神バーサス妖獣ラウルたちの激しい戦いが、


「あっ、空から鳥さんが落ちてきた」


 始められなかった。


「さすがに戦闘モードに切り替えてくれませんかねぇッ、パルフィさん!」

「別にいいじゃない。妖獣ラウル程度だったら私たちだけでなんとでもなるし」

「あーもー、わかったよ! どうとでもしてやる!」


 〝へーきへーき〟と気楽に言うレナに、俺はヤケになって妖獣ラウルの群れに自ら突っ込んだ。

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