笑わせ神には福来たる~ボケ女神たちとツッコミ男神がアンチから世界を救う!? 最高神の子供たちが最強を目指す~

タムラユウガ

第1話 恐れられる男

「じゃあ次。ゼノとクルード」

「はい!」


 講師に名前を呼ばれ俺は意気揚々と返事をすると、レッスン場の木の床に座って眺めている同期の爆笑神おわらい達の前に立った。


「おい、クルード震えてるぞ」

「そりゃゼノの相方させられたら誰だって嫌だろ」

「そこ、うっせーぞ!」


 ヒソヒソと小声で話し合う若い男神達に、ラフな黒い布地服を着た俺はすかさずツッコミを入れる。

 お笑い授業の一環として、テキトーに決められた即席コンビがネタをやる。

 未だ観客の前で披露すらさせて貰えないような新米が、実力を付けるための訓練を俺たちはやっていた。


「それじゃあ、漫才を始めなさい」


 低く渋い声に指示をされ、俺は瞬時に気持ちを切り替え表情をパッと明るくすると、事前に打ち合わせしていたネタの披露を開始した。


「はいどうも〜。ゼノです!」

「ク、クルードです」

「二人合わせてゼノードです。よろしくお願いしまーす!」


 即席のコンビ名を名乗り、俺はニコニコしながら滑らかに言葉を紡ぐ。


「いや〜、最近暑いですね〜」

「そ、そうですね。ドラゴンが火でも吹いているんでしょうか」

「そんなんで暑くなるかいッ!」


 守笑神ボケのクルードがビクビクしながらボケた瞬間、俺はここぞとばかりに持っていた紙のハリセンで横から相方を叩いた。

 直後、


「ふっ──」


 目にも止まらぬ速さでクルードが吹っ飛ぶと、レッスン場の石壁に頭からめり込んだ。

 途端、笑いではなく静けさが室内を包み込む。

 誰もが何も発さずシーンとなり、痛々しそうに犠牲となった者を見つめた。


「おーい、ネタの途中で壁にダイビングするなんて打ち合わせしてねぇぞー」


 俺は訝しげに金髪を揺らしながら壁から相方を引っ張り出すと、クルードは白目を剥いて完全に気絶していた。


「や、やっぱやべぇよあいつ」

「お、俺、あいつと組まされるの嫌だよ」


 ガクガク震えながら小声で恐怖をシェアする同期達。その声と態度を見て、俺は頭をポリポリと掻いた。


「なんで俺の相方は全員、ネタの途中で吹っ飛ぶんだよ」

「お前がやったんだよ!」

「ええっ!?」


 叩笑神ツッコミとしてクルードにツッコんだだけのはずなのに、なぜか先生にツッコまれ俺は三白眼を見開いた。


「お前は退所だ退所!」

「はぁ? なんでだよ! 俺は真剣に爆笑神おわらいを目指して」

「お前と組んだ奴を何人医療施設に送る気だ! お前の入所料も建物の修理費で全部消えたわ!」

「いやでも、爆笑神おわらいになる奴は最初は誰でも金が無くて貧乏になるって」

「個人と養成所の貧乏は別問題だ! お前は爆笑神おわらい失格だ、出ていけ!」

「なっ……これが先生のツッコミか」

「「「ちげーよ!!」」」


 ボケたつもりは一ミリもないのに、先生と同期全員にツッコまれ、俺はポイッと養成所の外へと追い出された。


「……くっそ、俺が何したってんだよ」


 叩笑神ツッコミを目指して爆笑神おわらい養成所に入所したはずなのに、なぜか全員にツッコまれて退所させられたことに、俺は理不尽だと腹を立てる。

 小さな頃から真面目に働きコツコツとお金を貯めて、やっと養成所に入ったと思ったら一週間で破門を言い渡される。

 ここは悪徳養成所だったのかと、怒りと共にそんな場所を選んでしまった自分に悔しさがにじんだ。


「俺と組む奴、全員コンビ解消してくるし。真面目に叩笑神ツッコミとして取り組んでるんだけどな」


 俺は不思議そうに頭をひねる。

 何一つおかしなことはしていないはずなのに、どうにも上手くいかない。

 もしかしたら自分の才能が溢れすぎていて嫉妬されたのだろうと、俺は納得してポンッと手のひらに拳を当てた。


「よし。それなら俺はピンで爆笑神おわらいのテッペン目指してやるぜ!」


 そして目標を新たに、一人で実力を磨き世界のトップを取る決意を固め、鼻息を荒くしつつ自宅へと向かった。


 爆笑神おわらい──それは人間より遥かに強い肉体を持ち、守笑神ボケ叩笑神ツッコミに分かれ人間を笑わせることで神力ジンを得て、様々な奇跡を起こすことができる神と呼ばれる種族だ。

 ゼノのような駆け出しは五級神と呼ばれ、最上位の最高神ともなると世界の改変すら可能になると言われる。

 生きていくだけであれば人間を笑わせなくても問題はないが、最高神という魅力に爆笑神おわらいの多くがトップを目指し日夜センスを磨いていた。


「さて、まずはどこの街に行こうかな」


 母にお笑い営業に旅立つことを告げ荷物をまとめ、俺は薄い灰色タンクトップにお気に入りの半袖の藍革ジャケットを羽織り、黒のボトムスの腰に白いハリセンを携えて、準備万端の装いで生まれ育った街の出口に立っていた。


「実力を付けつつ有名になるには、やっぱ大都市営業だよなぁ」


 俺の住む街は周辺と比べると中規模程度の大きさだ。

 それなりに爆笑神おわらいも人間もいるが、成り上がるには物足りない。

 それならば大きな都市を巡って名を上げていこうと、俺は今後の方針を決めた。

 ここから一番近い大都市までは、人間なら徒歩でおよそ三日の距離。

 神である俺なら走れば二時間ほどでたどり着くだろう。


「街道を走れば早く着くけど、人間にぶつからないようにしなきゃな」


 舗装された道を進めば楽だが、人数は少ないものの人間が歩いている可能性がある。

 猛スピードでぶつかれば、相手が神なら笑って済まされるが人間なら粉々になりかねない。

 よそ見走行には注意しなきゃな。


「うっし、行くか」


 指をポキポキと鳴らし首を回した俺は、右足を後ろに下げると力強く蹴り出す。

 すると蹴った土が空へと大量に舞い上がり、石造りの民家に降り注いだ。


「あっやべ、やっちまった」


 遠ざかる街の入り口を肩越しに眺めながら、俺は苦笑いをしつつ心の中で〝ごめんな〟と言って街道を駆けていく。


「景色を楽しむ余裕はねぇな」


 もの凄いスピードで流れていく風景を視界に収めるが、速すぎてゆっくり眺めてはいられない。

 少し残念に思いながら俺が走っていると。


「えっ?」


 街道上に人が倒れているのが目に映った。


「やっべ!」


 慌てて急ブレーキをかけ、ギリッギリの所で土煙を上げながら停止する。

 あと一秒気づくのが遅ければ轢いていたかもしれない。

 俺は心臓をドキドキさせながら、目の前で倒れている女性に声をかけた。


「おい、どうしたんだ? 大丈夫か?」


 突然止まったせいで街道には長い二本の溝が刻まれたが、緊急事態に見える現状で気にしている余裕はなかった。


「この感じ、女神か」


 肩まである明るい茶髪に、オレンジを基調とした水着のような民族衣装とサンダル……腰に着けた銀色の鍋のフタ。

 その体から放たれている神々しい気配に、俺は彼女が女神だと確信した。


「まさか妖獣ラウルにやられたのか?」


 妖獣ラウル──動物が大量の魔力カオスを浴びることで魔物と化した存在だ。

 人間では倒すのも苦労するが、神にとってはその限りではない。

 人間と違い、神はちょっとやそっとのことでは死なないはずだ。

 となれば、よほど強い妖獣ラウルに襲われたのかもしれない。

 俺は怪我の状態を診るために屈もうとすると。


「まだ生きてる!?」


 何やら小声で言っているのが聞こえ、俺は慌てて耳を近づける。

 もしかしたら犯人を告げたいのかもしれない。

 最期の遺言を口にしようとしているのかもしれない。

 何を言っているのか一言一句聞き漏らさないようギリギリまで顔を近づけると、倒れている女神はハッキリとした口調で言った。


「な、なんかご飯ちょうだい……」

「ただの空腹かよッ!」


 予想外の発言に俺は思わず立ち上がってツッコむ。


妖獣ラウルに襲われたんじゃねぇかと思って心配したのに、腹減ってるだけって。人間ならまだしも、女神が行き倒れってありえねーわッ!」


 ゼーゼー息を荒らげつつ言いたいことを言い切り、俺は相手を見下ろす。

 神は腹が減ることはあっても餓死することはまずない。

 その気になれば近くの街まで走って行けるからだ。

 つまり単純に空腹で動けないわけでなく、動きたくないだけだ。

 そんな呆れた状況なのに、足を止めてしまった自分に溜め息をついていると。


「ふふふ。とうっ!」


 突然女神が跳び上がり、空中で一回転するとスタッと地面に降り立った。

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