第19話 強襲(1)

「そろそろ始まるな」


 興行所にあるステージ、その二階席の一番後ろの席で俺は会場全体を眺め一人呟く。

 五百人は入る会場内は半分空席があり、そこそこの客入りといった感じだ。

 直前に軽くルルドと話したところ、普段であれば毎回満席になるそうだが、事件が続いているせいで来場者数が激減しているとのこと。


「これくらいの人数なら見逃さねぇな」


 この位置からなら怪しい人物が動いていれば見つけやすい。

 そう思い神の気配を殺し、客のフリをして観客席に座っていた。

 レナは会場前の待合廊下スペースに、パルフィは外を同じく見張っている。

 何か事が起きれば誰かがすぐに駆け付けられる布陣だ。

 今日は昼も夜もお笑いライブが行われるらしい。

 ネタに使うのだろうか、ステージの各所に置かれた木やレンガの建物の絵が独特の味わいを出していた。


「さぁ来るなら来い」


 いつでも飛び出せるように、俺は前のめりになりながら視線だけを動かす。

 現時点で怪しい人物は見かけていない。

 しかも開場直前だからか、全員がちゃんと席に座り今か今かと待ちわびている様子。

 これなら客席で不審な動きをする奴がいれば一発でわかるはずだ。

 しかし、


「何にも起きねぇな」


 ライブが開始して五分。

 ステージ上では男と女が互いにボケとツッコミに分かれてコントを披露しているが、ペンキが降ることも誰かが乱入してくることもなかった。

 いつどこで何が起きるかわからない以上、今日事件は起きないと高をくくって油断するわけにはいかないが、最初から最後まで周囲に注意を払い続けるのは、さすがに精神的にきそうな感じだ。


「それにしても、人間のお笑いも面白いな」


 それはそうと、俺はステージで繰り広げられるネタと観客の笑い声にソワソワしていた。

 話には聞いていたが実際は初めて見る人間のお笑いライブ。

 自分には想像できなかった斬新なアイディアやボケ、ツッコミの流れに俺はいつの間にか勉強する気持ちで見入っていた。


「あー、俺も早くあのステージでお笑いライブやりてぇな」


 視界の先で繰り広げられるネタと何度も上がる笑い声に、俺はウズウズして落ち着かなくなってくる。

 同じ養成所生の前ですらまともにネタを披露できた試しはないのだ。

 自分のネタでどれくらいの人が笑ってくれるか、早く実演したくてたまらなくなっていた。


『そいでお前さんどうしたんだい?』


 ステージ上にいるツッコミの男が隣の女に話題を振る。

 そして、


『よくぞ聞いてくれたよ。お前さん、実は──』


 ボケの女が話を面白い方向に持って行こうとした瞬間。

 ステージ後方の壁が激しい音を立てて吹き飛んだ。


「爆発!?」


 誰かの悲鳴と共に一気に騒がしくなった場内に、俺は慌てて席を立ち上がる。

 幸いステージにいた二人も客も巻き込まれなかったようだが、我先にと出口に人間たちが殺到する光景は妙な恐怖心を煽った。


「あいつか!」


 上がる土煙の先、外に見えた人影を確認すると俺は一気に二階から跳び上がってステージに着地する。


「ゼノ、何事!?」

「壁が爆発された! 犯人を追いかけるからパルフィ連れて来てくれ!」


 会場内に入ってきたレナに端的に状況を説明すると、俺は煙をかき分けながら外へ出る。

 すると黒いフードで顔を隠した男が走っていくのが視界に入った。


「逃がすかよ!」


 相手は人間。

 神である俺から逃げ切ることは難しい。

 絶対に捕まえられる自信があるからこそ、俺は単身躍り出たのだが。


「うおっ!」


 走り出そうとした刹那、頭上から降ってきたいくつもの球体が頭を直撃し、溢れてきた液体に思わず声を上げた。


「これペンキか!? やりやがったな!」


 顔と服を汚した赤や黄色のペンキに俺はイラ立ちを隠しもせず、逃げていく相手の背中を見つめる。


「ここまでされて逃がすと思うなよ」


 視界を邪魔する黄色を払い、俺は滴るペンキを置き去りにする速さで男を追いかける。

 そしてすぐに相手の背後まで迫ると、肩を掴もうと腕を伸ばした。

 瞬間、


「なっ……」


 俺の接近に気づいたのか男は近くの民家の壁にすがりつくと、軽やかな身のこなしで駆け上がり屋根の上に乗った。


「人間にしてはやるな」


 手慣れた動きに感心しつつ、俺は足に力を入れて大きく飛ぶ。

 そして屋根の上に着地すると、前方を走っていく男は驚くような仕草を見せると慌てて逃げていく。


「神から逃げられると思うなよ」


 一度も振り返らず屋根を器用に飛び越えていく男を一足飛びで追う。

 さすがに屋根を壊さないように走らないといけないため、地面より走りにくいがそれは相手も同じ。

 速度の遅くなった人間を捉えることなど造作もない。

 そう思いつつ俺の足が屋根を蹴ってあと数歩の所まで近づいたとき。

 男は振り返りもせず丸い何かをいくつも後方へ放つと、俺はそれをまともに喰らってしまった。

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