FILE:11-4 ―― The Abyss Zombie

「あれがアビスってヤツか。とんでもねぇや」

「久々に武者震いがしてくる」

「撃て! 」「全弾撃っても構わん! 」「ここで倒せ! 」

 バリケードの男たちは、四方八方からライフルを連射した。アビスは蜂の巣になり、皮膚が弾け筋肉を穿つも、それ以上に回復力が勝る。

 アビスは背中の左腕で車のサイドミラーを外すと、男の一人に向けて投擲した。

「あッ」

 水切り石のように放られたミラーは、深々と男の胸を打った。刺さりこそしなかったが、胸骨が粉砕、砕けた骨は肺にまで届き吐血する。

 銃が効かないことを察した何人かは、仲間を置いて車で逃げる。取り残された連中も、脱兎のごとく駆け出した。

 左門も、万が一を想定してウォッチドッグスへ急報を入れる。

「こちら左門。アビス出現。至急増援を頼む。アサルトライフルは効かない模様」

〝こちらウォッチドッグス通信部、了解。応援を向かわせる〟

「ありがとう」

 その場からあらかたの人間が去り、残るは鷹邑達のみとなった。

 アビスは、ゆっくりと、二人のもとへ近づいてくる。

 なぜ二人が逃げなかったのか。理由は簡単だ。

「本気で蹴ってやる」

「加減無用」

 鷹邑は首を鳴らし、左門もその場で足首や手首を回して準備する。根っからの戦闘者プレイヤー体質の二人が、これしきのことで逃げ惑うことはありえない。

「オ前タ血はニゲ無いの禍? 」

 アビスはまだ離れたところから、歪な人語で問いかけた。 

「喋れるなんて賢いヤツ」

「私たちの邪魔さえしなければな」

 アビスは立ち幅とびの要領で数十メートル跳躍。二人の前に立ち塞がる。

「左二本をやれ」

「応」

 鷹邑がガードで上体を固めるやいなや、アビスの左腕ストレート一閃。反射のみで顔を左へ逸らして回避するも、耳に擦れて火傷のようにヒリついた。

 続けて背中側の左腕も手刀で鷹邑の額を突かんとする。それは上体のみを屈めてかわしつつ、右脚での前蹴りを膝関節へ入れた。

 鷹邑が左腕の攻撃を受けているのと同時、左門もまた右腕の猛攻を受ける。

「ボクシングか」

 右腕の二本は、隙のないフックやジャブ、パンチにおける駆け引きを要求してくる。左門はステップや正中を切っていなしていた。これはガードしたとしても、まともに受ければ腕の骨など粉々になる。

 左門が攻撃の糸口を探っていると、鷹邑の前蹴りで膝関節が逆向きにひしゃげ、アビスの身体が傾く。彼女は絶好の機を逃さない。

「この隙ッ! 」

 弧を描くような、あまりにも鮮やかな空中回し蹴り。

 体勢が低くなったアビスの頚椎けいついに、左門の足の甲がドンピシャで掛かり、刈り取るような形で蹴り抜かれる。

 見事にアビスの首が九十度近くに曲がったが、まだ倒れない。

 その曲がった頭に、鷹邑が左門の頭上を越えて左のハイキックを放り込む。クラッカーのような破裂音とともに、曲がっていた首が元に戻り、次は首の骨が致命的に軋んだ音が聞こえた。

 ダメージを感じさせないアビスが鷹邑に左での膝蹴り。彼はそれを受け流すも、左腕がストレートを合わせる。

「がァッ!? 」

 同時の攻撃に対応できず、ストレートが鷹邑の右肩に直撃。

「肩外れた……っ」

「自力で治せ! 」

「分かってらァ! 」

 鷹邑は数歩ステップで下がってから、音を立てて肩をハメた。

「快調ォ! 」

「その意気だ! 」

 左門は乱打をかいくぐり、股下へスライディングして後ろをとる。だが。

「面妖だな……こちらにも目がある」

 アビスの後頭部にも二つ、充血し黄ばんだ目が見開かれてあり左門を凝視していた。口や鼻は無い。それから、背中側の腕が根本から捻転ねんてんし、左門と正面から対峙するようにファイティングポーズをとってくる。

「猿真似が」

 アビスの体と腕は独立して思考している。アビスが腕の不意の動作によって軸をズラし、体勢を崩す瞬間は何度かあった。それでも。

「効いてんのか!? 埒が明かん! 」

「どうするべきか……おい、鷹邑右へ避けろッ!! 」

 叫びと同時に、左門と鷹邑が左右へ散開する。

 アビスへ向け、コウジの運転するキャンピングカーが正面から激突。アビスは吹き飛んでバリケードの位置まで後退した。





―― 次回へ続く。

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