FILE:12-3 ―― 悪夢を編む

――懐から扇子を出してしきりに自身を扇ぐ近衛。

 秘書が状況を報告する。

「センター内部では、二階に上がる手段が軒並み封鎖されているようです。シャッターも降り、中に入った五十名はもう助からないかと。

 それに、笛と鷹の音で付近のゾンビが反応しています。総数はおよそ百五〇。アスレチックやジーニアスは未確認です」

 近衛は眉間にシワを寄せ、目を瞑り考え込む。

「(撤退は許されん。アンモラルの勢いを削ぐようなことになれば、間違いなく埴様から処罰を受ける……敵も背水の陣であるのは間違いない。

 であれば、攻撃を続け、敵を炙り出すのが上策か? こちらには車両も銃もある。いざとなれば、ゾンビ程度は容易にいなせる)」

「近衛様。指示を」

「屋内の兵は、爆撃を続けて敵を炙り出せ。包囲にあたっている者は、包囲を維持しつつゾンビを迎撃せよ」

「近衛様はいかがなさいますか? 」

「一旦戦場を離脱する。車を出せ」

 秘書は後部座席の近衛に一瞥をくれると、センターに背を向けて車を出した。

 その頃。

 チーム通天閣のメンバーから、桃田へ連絡が入る。

〝桃田さん。一台、車が離脱します〟

「それがボスの車や。第三の矢、頼むで」

〝了解〟

 桃田とエレベーターを降りる斧見は、あまりに綺麗な事の運びに、いつものことながら、ぶ厚い手を叩いて驚いていた。

「いんやいんや、敬服、敬服でござる。天晴」

「まだや。矢ァ三本だけ持って戦争行くやつはおらん」

「とはいえ、敵の逃走車へのスパイクが成功すれば、それで詰みではござらんか? 」

「まだや。相手は銃持っとって多分健康体。なんぼでも反撃できる。ヒャクパー成功する作戦なんかない」

「うーむ、本当にそうでござるか……? 」

「そやで」

 斧見は、「まぁ桃田が言うからそうなんだろうな」と思って自分を納得させた。

「御意。兜の緒を締めるでござる」

「それは勝ってからや! 」

 桃田は笑って斧見のケツを強めに蹴った。

「おうぅっ! 」


「近衛様。センター内の残存部隊から連絡がありました。

〝閉鎖を突破して二階に辿り着いたが、人は一人もいなかった〟とのことです。

 センターは最初から、もぬけの殻だったものと」

「……そうか」

 近衛は、なぜセンターにチーム通天閣が全員いるものと思ったのか。訳は単純だ。

 自分たちが無法の蜜を吸い尽くしたあまり、その蜜に酔ったのだ。暴力を過度に崇拝し、知性を蔑ろにしてしまった。

 つまり、平和ボケではなく、戦争ボケしてしまっていたのである。

「……この戦いは、敗戦でしょうか? 」

「さぁ、まだ分からん」

 話の最中に、車が突如としてスリップしブロック塀に激突。

 側近はエアバッグに顔を埋めて咳き込む。

近衛は助手席のシートに頭をぶつけた衝撃で、首を致命的に痛めた。

 チーム通天閣が仕掛けたスパイクストリップによってタイヤがパンクしたのだ。

「アぁッ、クソっ! 万事休すか! 」

 近衛は思わず秘書のシートを蹴り、悪態をつく。

 振り返れば、センターは燃えさかり黒煙をあげている。そして、全方位からけたたましい鳴き声が聞こえ、それからまもなく、窓ガラスにベタリ、と、猿が一匹張りついた。歯茎まで剥き出しにして、目を人間のように細めて微笑んでいる。

 それと目が合って、近衛も、シワまみれの顔を崩す。扇子を出した懐から、今度は拳銃を取り出し、自らのこめかみに突きつけ、最後に一言だけ放った。

「桃田。猿知恵と笑ったこと、どうか許せ! 」


―― 桃田と斧見は、エレベーターで地下駐車場まで降り、その車に乗り込んだ。

 この地下駐車場の入口は隠蔽されており、地道な工事によって、数百メートル離れたショッピングモールの地下駐車場に連結してある。

 この経路により、チーム通天閣のメンバーは既に脱出。中に人がいるよう見せかけるため残っていた桃田と斧見も、ここから離脱する算段だ。

 斧見の体型の都合で、脱出用の車は桃田が運転する。

「あの笛にはいくつか狙いがあった。なんやと思う? 」

「カラスとゾンビ以外に? 」

「もう一つ。お猿さんや。もとは天王寺動物園のが全部逃げて、ゾンビに狙われへんのをいいことに増えまくったもんや」

「あぁ、たしかにこの辺多いでござるよね」

「ここらの猿は死体でもカラスでも何でも口に入れるぐらいには飢えとる。僕らが食料集めきってたからな。そやから、人の声だの車の音だのが聞こえたとあれば、何かあるハズやと思ってトびついてくるわけや」

〝桃田さん。応答願います。峰です〟

「あい、ミクちゃんか。聞こえてんで。なんや」

〝センター全焼。倒壊します〟

「分かった。二階には油撒いといたからな。そりゃよう燃えるやろ」

「例の連中も来るでござるか? 」

「絶対に来よる。大阪のチンピラ全員に、火の手が上がった建物の周りに銃とエエ車持った奴らが来るって触れ込んであるからな」

「普通は怖がって来ないでござるよね」

「逆。全滅させれば銃も車もこの地域でのメンツも手に入る。ゾンビもカラスもお猿さんもおって、戦場は闇鍋。ここにツッコまんでいられるほど連中は戦嫌いやない」

「なるほど……? 」

 ほどなくして、二人が地下道を走行していると。

 焼き尽くされたセンターを包囲していた連中には、指示も無いまま、百五〇を超えるゾンビ、猿の群れ、鷹の鳴き声に慣れたカラス、それだけでなく。

「車も銃も奪ってまえ! 」

「誰だよコイツら! 」

「盗れ! 盗れはよ! 」

「全員撃ち殺せ! 」

「ゾンビも来てるって! 」

 チンピラや半グレ、トラックを駆った盗人、アンモラルへの復讐心を燃やす自警団たちが怒涛の勢いで押し寄せた。銃撃戦や乱闘が始まり、車両の衝突音や銃声、罵声、鳴き声が充満し、地獄が編み出される。

 かくして地下道から脱出した桃田は、負傷者を一人も出すことなくこの戦いに勝利した。チーム通天閣の完勝劇であった。





―― 次回へ続く。

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