FILE:12-2 ―― 軍師

 関西を揺らすゴングが鳴る。外道たちへ、大阪仕込みの鉄槌なるか。

 大都市の命運を握るのは、ダンダラ羽織のロン毛男。

たこ焼きと串カツで育った、ごっつええ感じのチームの挑戦やいかに。


―― 屋上から周囲を見渡すと、車や人間が横列になって道を塞いでいる。

「始めよか」

 桃田は羽織の裾でポテチの油がついた指を拭き、傍にあった拡声器を持つ。

「えー、テステス。本日はお日柄もよく、ちゃうな、ちょっと曇っとるわ。斧見、これどっちや思う……晴れ? じゃあお前、この天気なら傘持たへんの? 折りたたみ傘? なんや女々しいやっちゃな、そんなデカイ図体してから」

 声が全て拡声器にのり、センターを包囲するアンモラルの面々は一斉に首を傾げる。

「何言ってるんだアイツ? 口に生肉突っ込んでやろうか」

「早く上がって殺そうぜ。俺の相棒が疼いてる」

「女いるかな? さすがに全員分はいないだろうな」

「ガキを探そう。今日の晩飯にしよう」

 そうしたアンモラルのメンバーは、近衛の「屋内へ侵攻せよ」という命令を受け、ジリジリと包囲を狭めていく。

「ところでな。」

 そう言いかけて、桃田は黒いホイッスルのような笛を咥えた。斧見も同じものを咥える。

ふほうほおふっへひっほふはクロウコールって知っとるか

 桃田が笛を吹き鳴らす。サックスに近い音が、屋上から曇り空を抜けて響き渡った。隣の斧見も負けじと吹いて加勢する。

「ミナミのカラスは怖いでぇ」

「拙者も昔、ビッグマックを盗られたことがあるでござるからな」

 笛の音を聞いた者たちは頭上を見上げる。視力の良い何人かは、ゴマをばら撒いたように、空が点々と黒くなっているのを視認した。

 桃田と斧見の二人はニヤニヤしながら屋内へ戻っていく。

 近衛は、笛の音が鳴った時点で、桃田の目論見を看破した。

「なに、猿知恵よ。各々で鷹の音を鳴らしつつめ」

 アンモラルは、それぞれスマホを取り出し、最大音量で鷹の鳴き声を再生する。

 カラスはたちまち降下を止め、空中で旋回し始めた。

「はっ。所詮は鳥頭だな」

「スマホここに置いときゃいいだろ」

「んだな。鳴らし続けとくべ」

「早く中行こう」

 屋内を移動しながら、桃田は外からの鷹の音を聴く。カラスが使えなくなったからといって、頭はいたって平静。

「一の次は、二の矢」

 勇み足でセンターに突入した者たちは、あるものに足を取られていた。

「うおぁっ! 」

「なんだこれ滑る……! 」

「油じゃない、洗剤か? 」

 床には、フローリングを浸すほどの洗剤がまかれており、普通の運動靴や盗品のブランド靴を履いた彼らにとっては、滑ってまともに歩けたものではなかった。

「強面。スプリンクラー動かして」

〝誰が強面すか。井上っす〟

「強面は否定できんやろ。まぁ盛大に頼むわ」

〝っす〟

 電話で井上に指示を出すと、フロアに、スプリンクラーからシャワーが放出される。

 途端に床の洗剤は反応し、浅く泡が立ち始めた。

「痛っ」

「クソ、慎重に進めッ! 」

 泡で隠れたが、床には撒菱まきびしのように画鋲が仕込まれている。それを踏みつけた何人かは、もんどり打って嗚咽をあげた。

 そんな体たらくの戦況を受けて、秘書は近衛に訊ねる。

「近衛様。いかがされますか」

「(笛の音で、じきゾンビも襲来する。短期決戦のため爆薬の使用もやむ無しか)

 では、『火』の使用を解禁する。バルサンの効かぬ害虫など建物ごと吹き飛ばすまで」

「かしこまりました。そのように指示します」

 指示を受けた前線では。

「近衛の指示だ! 爆弾使うぞ! 」

「ブッ壊せ! 」

「火炎瓶も解禁だァッ! 」

 その爆発音を受けるスタッフルームの桃田は。

 「派手にやってくれるやんけ。皆で改築したばっかやのに」

 桃田はモニター脇の放送マイクを掴む。

〝あー、あー。テステス。お前ら、人ん家に何さらしてくれとんねん〟

 放送が入るも、暴徒と化したアンモラルは耳を貸さない。

〝……まだ攻撃止めへん気やな。なら、ここで忠告や。

 この建物には地下道がある。その地下道から、別の入口に繋がる避難口もな。君らがウワモノぶっ壊してくれんのは勝手やけど、そしたら君らが僕らを殺すのはかなーり遅れるで〟

 それを聞き、ようやくアンモラルは放送を聞き始めた。

「なんだと? 」

「本当か? 」

「ハッタリだ! 爆発を続けろ! 」

〝ハッタリかどうかは皆で考えや。ほな〟

「壊せ!壊せ!」

「やれ!」

 放送が途絶えた後も、一同は強奪し破壊し焼き尽くしていった。ただ、誰一人として人間は見つけられていない。

 一階の破壊が軒並み終わり、建物の軋みすら感じられる頃。

 桃田はあるスイッチを押した後、斧見とスタッフルームを出る。桃田は大笑いして、斧見の腹とケツをぽこぽこ叩いた。

「カッカッカ。ほな、閉店の時間や」

 センター入口のシャッターが降り始める。建物の照明が消え、灯りは燃え盛る火の手だけになった。

「……は? 電気が落ちた? 」

「シャッターも閉まってる! 」

「出られなくなんぞ! 」

 ただ、洗剤や画鋲も相まって退避が進まない。

 彼らは自らが撒いた火種によって、自らの服や髪、肌を焼き尽くされていく。

 その様子を別の部屋の監視カメラで見ていたミクが、桃田に状況を伝える。

「作戦が的中しましたね。お見事です」

「おっしゃ。あとは外の残りやな。ゾンビは? 」

「はい。ちょうど来ましたよ」

 最初のクロウコールと、鳴り続ける鷹の音に釣られたゾンビの大群が登場。

「王手や。さ、どうなるかな」





―― 次回へ続く。

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