FILE:17 ―― それぞれの胸に①
―― 現在。伊形組事務所。
頭を突き合わせる鉞、シャビ、五月雨の三人。
「で、ボス。アンモラルは潰しますかい?
左門はウォッチドッグスとか自警団と話つけて、挟み打ちの準備整ったって言ってます。
ゾンビの行進もあるし、そろそろ準備しねえと」
「まだだ」
鉞は葉巻を一息で短くすると、丸ごと灰皿に捨てる。
「ゾンビは作為的な行進だ。隠れてた連中が急に目立つには理由がある」
「理由ってぇと、何になりますか? 」
「おそらく陽動でしょう。そこに注意を引きつけて、他の何かが動いてる。アンモラルの犯行とタイミングが近いところを見ると、示し合わせてるのかも」
「そんな、ありえんだろ」
「ジーニアスには群れを率いる能力がある。人間と組むことも例外じゃねえ」
「そんな、ボス、アンモラルとゾンビが組もうもんなら、大変なことになるぜ」
「兵も不足してる」
「じゃあ黙って見てるしかないんで? 」
「あぁ。それも指を咥えてな」
「歯痒いわね」
「とりあえず、左門とコー君を呼び戻せ。俺は他所の組長連中を回ってくる。東京一帯巻き込んで戦争になれば一枚岩じゃ全滅するぞ。兵隊は未成年だろうが掻き集めろ」
「うっす」
「了解したわ」
―― その頃、鷹邑の入院する市民病院。
「鷹邑さん。東京にいる妹に聞きましたが、アチラは戦争の気配だそうですよ」
公孝は、鷹邑のベッド脇でアドニスを撫でながら、
「アンタも行かなきゃならんだろ」
「もちろんです。ゾンビの大群が出ていますから」
「俺もそろそろ退院だ。色々面倒かけた」
「いえいえ。その後はどちらへ? 」
「東京。知った連中に死なれると夢見が悪い」
「そうですか。アビスやゾンビもウジャウジャしてると思いますけど」
「どこも同じだろ。近畿もかなり汚染された」
「東京で決着がつけば、日本も少しは静かになりますかね。あ、よければ埴を暗殺とかしてくださいよ」
「やだよ、アンタがやれよ」
「嫌ですよ、私は警察であって殺し屋じゃないですし」
「俺だってただの無職だよ」
「やっぱりよろしくお願いします」
「警察がそんなこと言うなよ! 」
東京。
伊形組管轄避難所。
「皆さんは、このまま伊形組と行動をともにするおつもりですか? 」
馳芝茉生は、民間人たちに問うた。
「伊形はヤクザなれども、老体には有り余る居所です」
荷稲はあれから弓をとっていないが、食料調達や子どもの相手など、意気軒高に働いていた。
「俺も、組の人たち好きっす」
「……私もです」
柄木や飯島も、同じように頷く。
「茉生は、伊形が嫌いかしら」
民間人の統率を請け負っている霧雨は、馳芝に訊いた。
「私は警官家系だ。兄はマル暴で、両親も警官。だから……これだけ世話になっても、まだ受け入れられないものがある」
「別に咎めないわ。ヤクザなんてそんなものよ。
けれど、この組が他のヤクザもまとめあげて、一帯の治安を守ってるのも事実。貴方たち警察以上にね」
「だからといって、これまでの罪が消えるわけじゃない」
「罪は背負ってるわ。誰よりも」
「口だけだ」
「茉生。アナタは民間人を連れてどこか安全な所へ避難したいんでしょう? 生憎、安全な所なんてないわ。一歩外に出れば、飢えた動物、ゾンビ、眼の血走った人間、シリアルキラー、まともな生き物にめぐり逢えたら奇跡でしょうね。ましてや一夜を越えられたらそれだけで人生の運を全て使い果たすわ」
「分かっている! だから辛いんだ。私が信じてきた正義が、こんなに脆弱だと思っていなかった。私が嫌悪してきたものが、これほど……」
「なに」
霧雨が、膝から崩れ落ちた馳芝を抱きとめる。
「これほど、暖かいものだったとは」
「……寒い所になんて、自分から行かなくていいのよ」
―― 次回へ続く。
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