FILE:18 ―― それぞれの胸に②

―― 大阪。

 アンモラルが大阪で撃退されて以来。

 チンピラたちは潰し合い、その過程で多くのゾンビや動物が死んだ。おかげで、街はかつての面影を残さないほど荒れている。そしてかつてないほど静寂に包まれている。

「で、ボクらどうするん。大阪も静かになったもんやで……あっつ! これ消えるん? 」

 チーム通天閣の面々は消火器片手に、街の消火活動に汗を流している。

「桃田さんのご活躍を願う身としては、東京に行っていただきたいと思います」

「ミクちゃんボクに死ね言うてる? 」

「もちろん拙者らもついていくでござるよ! アッツ火傷したでござる! 水水水! 」

「早く消さねえとデブはよく燃えるぞ」

「ついてきたとしても、全員死ぬかボク一人死ぬかの違いやで」

「いや、桃田がいれば大丈夫だろ。確信してるぜ」

「言うは易く行うは難しや……」

 桃田はダンダラ羽織の裾で額を拭う。

「では、仮に桃田さんが東京でチーム通天閣を動かすなら、どのようになさいますか? 」

「えー……アンモラルと大量のゾンビやろ?

 アビスっちゅうんも混じってるらしいし……打つ手あるんかいな」

「自警団とかも、続々と東京に集まっているようでござるから、仲間は多いハズにござる」

「なんせ情報が足らんわ。誰か物凄い情報通みたいな奴がおって、ここ何年分の東京のことを教えてくれる奴がおったら考えるかもやけどなぁ」

 そこに、首にタオルをかけたチームメンバーのおばさんが伝えにくる。

「桃田ちゃん。伊形組の若頭の方と構成員の方がいらっしゃってるけど」

「鉄砲玉? 帰ってもろて」

「それが、その人かなりガラ悪いのよ。桃田ちゃん一緒に対応してくれないかしら」

「……しゃあない。行くわ。待っててもろて」

「うん」

 その会談の場は、消火活動の拠点代わりにしていたテントの下だった。簡易的な机や椅子、隅にはクーラーボックスに飲料水や軽食などが入れられている。

「はじめまして。伊形組若頭、伊形 皇治です」

「中坊かいな。小便臭いおもたで」

「おい、その髪頭蓋骨ごと斬り取るぞ」

「初めて聞く脅し文句やわ! 逆に怖ないぞ」

「左門。今回ばかりは口にチャックだよ」

「かしこまりました」

「ええから、とっとと要件話してや」

「端的に言うと、僕たちと一緒に東京へ来てほしい」

「その話やけどな、今しとったんや。絶対死ぬから嫌や言うて」

「桃田さんの手腕は皆が知ってる。ヤクザすらね。宝の持ち腐れにならないよう、今こそ手を貸してほしい」

「弱小野球部のスカウトちゃうねんから。そもそも何のメリットがあんねん」

「逆に聞くけど、ここにいることに何のメリットがあるの? 」

「安全。それが全てや。みすみす手放せるかいな」

「東京が壊滅すれば次はここかもしれないよ」

「アホか。そうなったら海外から支援入るわ。国連でどんだけ日本の議論されとる思てんねん」

「東京の人間は死んでもいいと? 」

「地元ちゃうしな。ボクが大阪おったんは地元やったからや。愛すべき故郷やねん。東京の死んだ魚みたいな目した連中なんか関わりたくもない」

「……そうか」

「そやで。命張って、よりにもよってヤクザに手貸す? ありえへんわ。帰ってママの両乳交互に吸っとき」

 皇治は、膝に置いた手を見つめた。考えあぐねている様子だ。左門にも、これといった言葉が見つからない。

「じゃあ戻るで。メンバーの実家の消火中やねん」

「左門。仕方ない……ヤクザらしくいこう」

「御意―― 」

「―― なんやお前ッ! うおぉッ!? 」

 机を踏み越えた左門が、目にも止まらない早業で桃田を組み伏せる。後手に腕を極められた桃田は「ギブギブ」と叫んだ。

 が、その腕は解放されない。

 近くでも怒号や喧騒が聞こえる。ウォッチドッグスの兵隊による、チーム通天閣の制圧が始まったのだ。

「頭の良い大人にしては判断を間違えたね」

 桃田の顎をつま先で持ち上げ、皇治が見下す。

「もちろん、協力しないなら君のチームがどうなるかは察しの通りだ。ウォッチドッグスって集団は、麻薬カルテルの中でも筋金入りの武闘派でね。民間人を何億人殺そうが、明日にはその灰を使ってヤクを栽培する連中さ」

「化物が……ッ! 」

「残念。それはヤクザの世界じゃ褒め言葉なんだ」

 桃田は必死に、凄絶に思考を回転させる。

「(完全に平和ボケしとった……このガキの言い方はハッタリやない! )」

「答えを聞こう。交渉は無しだ。協力するか、しないかで答えてくれ。それ以外の答えが聞こえたら、仲間に指示して君のツレを一人ずつ減らしていく。最後に君さえ残っていれば問題ない」

「(東京に行って死ぬか……ここで反抗して死ぬか……)」

 桃田は東京での勝機を感じていない。桃田にとって、チーム通天閣から一人でも犠牲者を出せば、それは敗北に等しい。

「(伊形……覚えとけ、コイツら……)」

 観念して、桃田は答えた。

「協力する。けど、ボクのチームが一人でも死んだら、君ら全員殺すで」

「左門。離してあげて。すぐに東京へ向かう」

「はい」

「くそっ……君らホンマ極道やったんやな」

 腕を解かれた桃田は苦し紛れに吐く。

「あのね、桃田さん。暴力は交渉カードの一つだよ。ビジネスの世界とは違うんだ。勉強になったね? 」

 皇治と左門はイヤらしく嘲笑する。

 が、桃田も一筋縄ではいかない。

「ボクの一挙手一投足は高くつくで。この借りは絶対に返したる」

「楽しみにしてる。行こう」

「はい」

「……チッ。ホンマに中坊か? 」



 チーム通天閣が東京へ同行することが決定。

 いよいよ役者は揃っていく。


―― 次回へ続く。

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