FILE:14 ―― リスタート、左門!

 胸中を打ち明けた左門。彼女の決断は。

「巻き込みたくないんです。鷹邑を。奴は、私にとってなにか、象徴のような気がして」

「難しいね。象徴か」

「申し訳ありません。抽象的なことを」

「気にしないでよ。分からないことは一緒に考えていこう」

「……はい」

 二人のもとへ、下は兵装を履いたままで、上半身を涼しげな半袖のシャツに着替えた糸目の男が戻ってきた。

「やぁやぁ。お二人」

「今の私に近づくな。蓮池で溺死させるぞ」

「上司の命令で仕方なく来たんです。看護師さんは全員この役を嫌がりましたから」

「単刀直入に話せ」

「鷹邑さんの手術はあっさり終了しました。骨や内蔵に損傷が見受けられるので、しばらくここで入院です。が。本題は次です。

 彼の身柄は我々警察が預かることにいたしました。当然、警察犬アドニスも同様です」

「なんだと」

「彼は元から有名人です。彼をゾンビの手から守ったとあれば、我々の威信も少しは回復します。なにより、ヤクザにおいそれと民間人を引き渡すわけにもいきません」

「皇治様」

「大丈夫だ、左門……まだ抑えろ」

「承知」

「そんなに怖い顔をしないでください。既に病院屋上から狙撃手が狙っています。警察機構の中でも指折りの名手ですからね。開けたこの場所では逃げられませんよ。というより」

 男はこめかみを人差し指で搔いて微笑む。

「お二人は、どのみち彼を連れて行かなかったでしょう? 会話を盗聴しました。内容からして、お二人はこれから大きな抗争に向かわれるご様子。

 無関係の一般人を巻き込むなど、あの鉞組長に代表される組織とあればご法度では? 」

「よく喋るボウフラだな」

「我々はヤクザよりリソースで勝っています。彼を守ることは容易い。必要な医療を施すことも。そのうえ、お二人を正当防衛で射殺せずに見逃すと言っているんです。こんなに素晴らしい提案が他にありますか? 」

 男の口元は弓張月のように歪む。

「さぁ、返答は? 」

「皇治様。いかがされますか」

「もちろん、ノー……って、言いたいけど」

 コウジは自分の脚を見下ろして呟く。

「怪我で自由に動けなくなる恐怖は知ってる」

 いつか、アスレチックに握り潰されたコウジの脚は完治しなかった。引きずって歩くことはないが、徒歩以上の速度で動くことはできない。

「完治させてほしい。お巡りさん」

「それは私ではなく医師に仰ってほしいところですが……お約束しましょう。我々警察組織は正義の味方ですから」

「怪しいものだがな」

「こと私に至っては、下痢便のかかったハンバーガーよりヤクザが嫌いです。お二人とは二度と会わないことを願っております」

 男は背を向けて歩み去り、後ろ手を振った。

「では、さようなら」

「早晩に死ね」

 左門がそう言って、コウジも中指を立てて見送る。

「あ、そうだ」

 男は立ち止まった。

「自己紹介を忘れていました」

「要らん。去れ」

「馳芝。馳芝 公孝きみたかです。では」 

 公孝が去った後、左門は思いを巡らせた。

「(馳芝……誰だ)」

「うーん、馳芝。どっかで聞いた気がするなぁ」

 無論、事務所に待機しているメンバーは、既に馳芝の名を知っている。しかし、コウジと左門は彼女の名を知るタイミングの無いまま遠征を開始した。

 スパイ、密告者、あらゆる可能性を本来閃くべきだが、今の二人にその発想は無い。

 そして。

 二人が再びキャンピングカーで発った頃。


 アンモラル・埴の手によって福井原発が爆破された。





―― 次回へ続く。

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