FILE : 6-2 ―― 馳芝 茉生②

「あ、馳芝さん」

「道具を取りに来た。この二人は? 」

 馳芝という女は眼光鋭く二人を見つめる。制帽から覗く切れ長の瞳は力強く、シャビと霧雨は直感的にその女が、元の世界で自分たちを脅かす存在だったのだと直感した。

「シャビさんと、霧雨さんです」

「そうか」

 凛々しく口角を上げた馳芝は、まずシャビに手を差し出す。

馳芝はせしば 茉生まお。警官だ。階級は警部。宜しく頼む」

 シャビもその華奢な手を握り返した。

「おう、よろしく。スタイルの良い嬢ちゃんじゃねえか」

 馳芝の胸から下半身を見ながら下品な軽口を叩いたが最後、シャビの手に凄まじい激痛が走った。

「ァァッ痛い痛い痛いッ!? 」

「ここでは私が治安だ。繰り返す。ここでは、私が治安だ」

 馳芝のこめかみに銃口を突きつけたのは霧雨。

「手を放せる? 」

 馳芝もホルスターから拳銃を取り出して霧雨の額に突きつける。

「舐めるなよ。脅しに屈する国家権力ではないぞ。貴様ら堅気ではないだろう」

 生存者全員に緊張が走る。

 それは、ゾンビが現れたことによる緊張とは異なる、ある種の殺陣を観劇しているような、非現実的な緊張だった。

 とはいえ霧雨もシャビも冷静。銃を下ろし、シャビも「ギブギブ」と言って手を挙げる。馳芝もため息をついて拳銃をホルスターに収めた。

「柄木君。この二人のことで何かあれば、すぐに連絡したまえ」

「あ、はい、分かりました」

「では、校内の生存者探索へ戻る」

 それを聞き霧雨が訊ねた。

「私の同行を許可してくださる? 」

「構わない」

「ありがと。じゃあまた後でね、シャビ」

 霧雨は言い残すと、馳芝とともにその場から消えた。

 二人が消えたのを見計らって、シャビがしたり顔で顎をさすりながら言う。

「柄木君、ありゃイイ女だな」

「そうですね。頼りになる方です」

「はっはっは! ここに来て正解だった! 」

 冗談はさておいて、と、シャビは本来の目的に戻ることにする。伊形組組長や構成員の行方など、聞き込みすべきことが山積しているのだ。


―― 馳芝と霧雨が戻ってきたのは数時間後のことだった。夜も更けつつある。

 シャビは持ち前の明るさですっかり場に溶け込み、笑いの渦さえ巻き起こしている。

「それでよ、あのひょっとこの口にヤカンで水入れてやったのよ! そしたらゴフッつって! むせてやがって――」

「シャービ」

「あ」

 シャビが霧雨からマウンティングされ、さんざんに顔を殴られている間、馳芝は淡々と状況を報告した。

「生存者はいませんでした。ただ、ロッカーなどからモバイルバッテリーや軽食、飲料を発見しましたので、後ほど配給します」

 その報告の裏で、何人かの生存者は、「やれ」とか「いけ」とか言って、シャビと霧雨の喧嘩をはやし立てている。

「だからやめろってきまってる極って―― 」

「私、関節技得意なの」

「いけ、霧雨ちゃん! 」

「シャビさん、やられっぱなしよー! 」

「……あの霧雨という少女も、かなり鼻を効かせて調査を手伝ってくれました。今だけは信用してよいかと思います」

 そんなドンチャン騒ぎをしつつ夕食をとり、交流を深めていくうちに、各々のプライベートな話にさしかかった。

「でもよ茉生チャン。なんであんなに強いんだ? 俺より握力あるって相当だぜ」

「握力ではない。合気道だ」

「なんだ、技かい。まぁウチにもヤベェ女は数人いるから、驚くことじゃねえんだけどな」

 シャビの頭には、青筋を立てて襲いかかってくる左門、霧雨、五月雨の顔が浮かんでいる。

「茉生はなぜここに来たの」霧雨は、お面の下半分を浮かせながら、ポテトチップスを口へ放る。小ぶりな口がもごもごと動いた。

 馳芝は二人がナチュラルに名前で呼んでくることに違和感を覚えたが、あまりに自然なのでスルーすることにした。

「私の仕事は市民の生活を守ること。警察も人手不足でな。私はほぼ独断で行動している」

「だから、沢山人がいるとこで用心棒ってワケかい」シャビが口を挟む。

「そんなところだ。ただ今はもう一つ目的がある」

「なんだ? 」

「何? 」

 二人と、周囲にいた人が耳をそばだてた。賑やかだった食事がにわかに静まる。

「近頃、生存者の集まる場所を意図的に狙う者がいる。私はそれを倒さなければならない。」

「おい、それってよ……」

「もぬけの殻の避難所が多かったのはそういうわけね」

「十中八九そうと踏んでいる。突然変異のゾンビによる襲撃かもしれん」

「でもよ、たまに湧く突然変異って、なんで湧くんだよ? 最初に湧き出た中に混じってたのか? 」

「分からないが、突然変異だとすると、ゾンビには進化があり、進化過程で一部が強力な個体に分岐すると考えられる」

「進化の条件は何かしら」

「それも調査中だ。何か知らないか? 」

「ゾンビになる前の人間の能力に依存するんじゃないか? 図体がデカい奴はデカいゾンビになるし、賢い奴は知性の残ったゾンビになる」

「そうかもしれないな。ゾンビと動物が攻撃し合わないのを鑑みるに、人とゾンビの間で何らかの遺伝子情報の交換が行われると考えるのが妥当か」

「だろうな」

「でしょうね」

 三人が推論を交わし合っていると、不意に玄関から音がした。ガラスの割れる音だ。

「割られたな」シャビが銃を抜いて立ち上がる。

「全員避難準備をして待機を! 」馳芝はすぐに指示をとばした。

「私とシャビで見てくる」

 シャビと霧雨は、音のした玄関へ向かった。

 人が入ってくると自動で反応するセンサーによる照明で照らされていたのは、

「……なるほどな」

「……悪夢」

 二人はきびすを返して体育館へ遁走する。

 後ろから金属を爪で擦るような鳴き声が複数、確実に追ってきていた。

「二人とも伏せろ! 」

 馳芝の二丁拳銃、二人が伏せた途端に二発の弾丸が二匹の猿の胸部を撃ち抜いた。群れが怯んだ隙を突き、転がり込むように二人が体育館に入り、馳芝が施錠する。

「あれはゾンビの猿か? 」

「ゾンビなら仲間が撃たれても怯まねぇ。普通の人喰い猿だろうよ! 」

 入り口に身体ごと叩きつけるような、鈍く重たい音が連続する。音のたびに扉が震え、体育館の床に振動が伝わった。

「戦う? 」

「数次第だ」

「じゃあ何匹か指折って数えて」

 間もなく、体育館の上部に備えてある無数の採光窓に、ベタベタと何かが張りつく音がした。それから、拳や掌でそのガラスが叩かれる。さながら雨音だった。

「数は無限だぜ。俺ら三人で相手を? 」

「やってみるか? 」

「現実的な策を練りましょ」

「あのぉ」

 三人が話しはじめた矢先、嗄声しゃがれごえで白い髭をたくわえた老人が、腰を曲げながらやってきた。生存者の一人だ。

「倉庫に、これがありました」

 老人が差し出したのは、弓道の弓矢だった。

「範士八段です。お力になりましょう」

「木刀とか薙刀もありましたよ! 」

 柄木や他の生存者も、各々の道具を持って倉庫から出てくる。

「おいおい、体育倉庫って武器庫なのか? 」

「んなわけないでしょ」

 決意の眼差しで、老人は問うてくる。

「全員で戦う他ありませんな? お三方」

「……承知した。皆、戦闘準備だ」





―― 次回へ続く。

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