FILE : 6-1 ―― 馳芝 茉生①
「で、次の目的地は」
「S学園」
「あー、金持ちの通うとこか」
「そ」
運転席には伊形組構成員のシャビ。助手席には、同じく構成員でひょっとこの仮面を着けた霧雨。二人を乗せた黒のバンは、車道のまばらなゾンビを
「にしても、ここまで人間が集まりそうな場所はあらかた潰されてた。なんでだ? 」
「知らないわ」
「だろうよ。だから考えなお嬢ちゃん」
「面倒だわ」
「そうかよ。そりゃ良い態度だな」
苛立ったシャビは、ジョン・デンバーのカントリー・ロードを歌いながら、それに合わせてクラクションを鳴らす。
「うるさいのだけど」
「そうか? 」
肩をすくめたシャビ。彼はかたわら、轢ねた拍子にボンネットに乗ったゾンビの顔をワイパーで往復ビンタする。
「邪魔だなこいつ」
「邪魔ね」
結局、目的地に着くまでそのゾンビは往復ビンタされ続けた。
スピードは落とさず、半開きの正門を突き破って侵入。
S私立学園は富裕層の子が集まるため、そこかしこに裕福さを象徴した設備が整っている。たとえば、正門をくぐったとしても、玄関に着くまでにはさらに数百メートル歩かねばならない。
「見ろよ噴水だぜ」
「言われなくても目に入っているわ」
道中には、ローブをまとった女性が、水の湧き出る
その噴水の前に車を停めて二人は降りる。
「この噴水の水飲めるのか? 喉が渇いたぜ」
「飲んで、死になさい」
「死ぬのか? 」
「この水は学園内で循環してるの」
「きったねぇの……って、何で知ってんだ」
「さぁ」
金持ちの施設でテンションの上がるシャビをよそに、霧雨はつかつかと歩を進める。
玄関までの道を途中で外れ、二人は体育館に向かった。近代的な曲線の屋根に加え、壁の上部には無数の採光窓も備えた巨大な建物。学園内でも異様な存在感を放っており、離れた所からでも場所が一目瞭然だ。
「何人生きてると思う? 賭けようぜ」
「十は生きてるでしょうね」
「じゃ、俺は二十だ」
そんな話をしつつ、霧雨があることに気がつく。
「ゾンビはいないのね」
「誰かが一掃したか、それともここに人間がいなくなって移動したのか」
シャビは歩きつつ、腰の銃を取り出して残弾を確かめる。
「烏も飛んでいないわね」
「もうここには死体がないってこったな」
そうこうしている間に、二人は体育館の玄関へ着いた。
玄関はガラス張りになっており、下駄箱から奥の体育館へかけて続く廊下が見通せる。
「人がいたぜ」
「えぇ。視えたわ」
奥には学生服の男女が二人いて、こちらを指差して何かを話している。彼らは、恐る恐るこちらへ歩み寄ってきた。
男子の方が、ドアを解錠することなく、スマホに文字を表示してこちらへ向けてくる。
“噛まれたりしていませんか”
シャビはただでさえデカい口をさらに大袈裟に開けて、「う」「ん」と応えた。霧雨が仮面の下で笑ったのか、小刻みに肩を震わせる。
男女は周囲の安全を確認して、玄関を開放した。
「開けてくれてありがとよ。ここの学生か? 」
「はい、そうです」
男子の方は、さすがに二メートル近いシャビには及ばないが、バスケットボール選手のような身長と体格をしている。制服に返り血が付いているところを見ると、戦闘も経験しているのだろう。
女子の方は口を聞かない。どこにでもいる平均的な女学生といった感じだ。仮面を着けた霧雨と、あまりに日本人離れした見た目のシャビに、交互に
「お二人は何者ですか? 」女子は訊ねた。
「旅人さ」
シャビはそれだけ言うと、ドレッドヘアーをなびかせながら奥へ土足で踏み込んでいった。
「じゃあ私も旅人」霧雨も続いて中へ。
男女は顔を見合わせ、たどたどしい足取りでついてきた。
体育館はアリーナのように広かった。
「なんだこれ、広すぎんだろ」
「アーティストのライブもできるぐらいですから」
男子はシャビを接待するような口調で説明する。
「マジか」
しかし、広さに対して生存者は明らかに少ない。
老人や子どももいて、ざっと二十名ほど。皆が一様に、二人を見るやいなや体育館の隅の方へ移動していく。
「霧雨テメェ仮面外さんか。怖がられてんぞ」
「黙って。私はシャイなの」
男子は「絶対にこの黒人も人のこと言えないだろ」とツッコミたい気持ちを抑える。
「そうだ、お二人さんの名前教えてくれや」
男子が先に名乗る。
「
「私は
四人は隅に逃げた人々の所へ来た。人々が再び立ち上がって逃げようとしたのを遮るように、シャビが自己紹介する。
「俺は黒人のシャビで、コイツは黄色人種の霧雨。よろしくな」
「皆さん落ち着いてください、このお二人は悪い方々じゃありません。多分」
誰も返事をしない。
空気が殺伐としかけたところに、一人、警官の制服を着た女性が帰ってくる。
―― 次回へ続く。
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