FILE:10 ―― 強い二人は屋上で✖✖✖
――鷹邑は、事務所の表につけてある新しいキャンピングカーに乗り、一行を連れて大阪を目指せとのことだった。
車には、既にコウジが待っているらしい。
「話がある」と、鷹邑は事務所を出る前に、左門を連れ屋上へ上がった。
周囲を背の高い鉄柵に囲まれた屋上は、どこで浴びるものとも変わらない風が吹く。
「話とはなんだ」
「話ってほどでもないけど……タバコ吸うか? 」
「銀髪に黄ばんだ歯が似合うと思うのか? 」
「黄ばむほど吸わなくていいのに……」
シュンとした鷹邑はベンチに腰かけ、煙を吹きながら空を見上げる。
「こんな世界になって、肩の荷が下りたと思ったんだがな」
左門は座ることなく、少し離れたところで柵にもたれる。
「人は適材適所だ。貴様を評価するわけではないが、優れた人間には、難度の高い仕事が相当量課せられる」
「勘弁してくれ。俺は疲れてる。会いたい奴にもまだ誰一人会えてない」
「泣き言か。男が」
「それ死語だぞ」
「ほざけ」
「……まぁ、トイレ掃除しとけって言われても辛いんだけどよ」
「よく喋る。男のくせに」
「沈黙が嫌いなんだよ」
「私も沈黙は嫌いだ。銃声でも聞こえていたほうが落ち着く」
「それは異常だろ」
「貴様が正常を説くな」
鷹邑は灰皿を探したが、見当たらず、指でピンと弾いて柵からタバコを捨てた。
「なぁ、お前にはどんな過去がある。その過去は辛いか」
「答える義理はないな」
「俺はな、二人殺してんだ。一人は俺を虐めてたグループの主犯。一人は、俺とタイトルを争ってた選手」
「後者は聞き及んでいる」
「俺の脛から下、ここの骨と筋肉が特別硬くてな。全力で人を蹴ろうもんなら、簡単に命が奪えちまう。それを知るのに引退までかかった」
「安心しろ。貴様が殺せるのは、貴様より弱い者だけだ」
「物騒な奴」
「物騒な話をしているのは……貴様のほうと思っていたが」左門はキョトンとした。
「だな。すまん」
「で、何が言いたい。自分語りで同情でも誘ったつもりか」
「違う。まぁ、なんだ。お前は俺が全力で蹴っても倒れすらしなかった。そんな奴、男ならともかく女なら初めてだったよ」
「上からの物言いは不快だな」
「すまん。嬉しかったんだ。お前は死なないでくれ」
「命令するな。貴様に指図されると自殺したくなる」
鷹邑は「へへ」と笑いながら、自分のポケットを叩いたりして、他のタバコを探す。が、見つからない。
「タバコ持ってないの? 」
「ボスのために常備している。それがどうした」
「一本くれよ」
「いいぞ」
「ほんとか? 」
「ただし、ここで二分、全力で私と殺し合え。生きていればタバコをやる」
「乗った。ルールは? 」
「無用」
「よっしゃ」
――その後。
コウジがキャンピングカーの中で貧乏ゆすりをしたり、運び込まれた物資のリュックを覗いたりして時間を潰していると。
鷹邑と左門の二人とアドニスが、ビルの玄関から千鳥足で現れた。
「え、なんでどっちもボコボコなの? 」
そんなことにはお構いなしのアドニスは、尻尾を振り回しながら車の中に乗り込む。
「ふあん、はほんへはらは(すまん、遊んでたらな)」
「ほうひはへほはいはへん(申し訳ございません)」
「なんだぁ、もう仲良しか。アドニスも元気だったか? 早くどっちか運転して。行くよ」
「ほへはふんへんふる(俺が運転する)」
鷹邑が運転席に座り、三人と一匹の旅が始まった。
―― 次回へ続く。
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