番外編〈埴〉

Honey day, Honey moral.

――アンモラル・アジト。

 彼らが適当に占拠した住宅街のうちの一軒。

 生活感の残っているリビングには、三人の男がいる。

 一人は埴。彼は相変わらず子どもの顔写真を切り抜いた仮面を着けている。彼はリビングのテーブルに直接腰をおろしている。

 少し離れたソファに腰かける紺袴こんばかまの老人。名は近衛このえ。彼は背の低いテーブルに置いた茶を時たますする。

 もう一人は、リビングの庭側にある大きなガラス戸に向かって仁王立ちしている。土留どどめ色の袴を着た、これも老人。名を東條とうじょう

 まず口を開いたのは近衛だった。

「極右の活動が活発化しておりますな。これまでの日本を取り戻すべく、まずは我々を討つ腹積もり」

「浅はかな」東條がこぼす。

「そうでもないよ。僕たちの名前は確実に広まりつつある。今の僕たちを制することができれば、組織の名も信頼もウナギ登りさ」

「とはいえ、所詮は政治団体の一翼。なんの武力を持ちましょうや」

 高らかに近衛は嘲笑してみせた。

「そりゃ武力は外注に決まってるよ。ヤクザとかね」

「いつの世もそれが常套手段ですな」と、茶をすする。

「ヤクザなど恐るるに足らず」

「油断大敵。だからこそ、幹部の君たちと作戦会議ってわけ。席について」

 近衛と東條は立ち上がり、埴が座るテーブルに面した椅子に、向い合わせで座る。二人は埴を挟む形になった。

「これから僕たちが戦う相手は強力になる。考えなしに進めば、大ダメージは避けられない」

「でしょうな。まず次の目的地はどこになりますか」近衛は腕組みする。

「東京だ。実験対象が山ほどあるからね」

「その経路には、大阪がありますな」近衛が老い先短い顔で嗤う。

「そうだね」

「大阪には、再興に励む民間組織が乱立しとるようです。京都では、同じ勢いで文化財保護団体が湧いていると」

「近衛。今のお前、僕よりヤバい顔してるよ」

「失敬」

「分かってる。うずうずしてるんだもんね。自作の武器とかアイデアを皆がどんどんあげてくれるから、僕も選べなくなってきてるよ。東條、どう思う」

「さしでがましいようですが。チンケな民間人などいくら殺しても詮無きこと。力ある者を傷つけねば、名声も高まりますまい」

「とにかく人数を殺したい近衛と、とにかく地位のある奴を殺したい東條って構図だね。どっちがいいかな……近衛、僕たちって今何人? 」

「七百人弱です」

「三つに分けようか。それで経路を三つに分けて、東京で合流しよう。どう? 」

「なぜ三つに? 」近衛が疑問を抱く。

「指揮系統を分割するの。最近はアンモラルの中でも、皆のやりたい事が分かれてきてるからね。

 近衛隊、東條隊、僕の隊に分けるよ。東京に定刻到着すれば、後は何をやってもいい」

「一つ伺ってもよろしいですかな。埴殿」東條が訊ねる。

「なに」

 そこから、間合いをはかるように沈黙が生まれる。

「埴殿は、何を見据えておられるのか」

「何も」埴は即答だった。

「何も? 」東條は呆気にとられる。

「うん。僕もそうだけど、アンモラルの殆どは空っぽな人たちだ。愛するものも、守りたい規範もない。かといって、社会ではほどほどに生きていたゾンビのような人たち。

 だから、僕たちは空気が流れる方向へ歩いていく」

「しかし、それならば、埴殿に我々含めた人々が付き従う理由が掴めませぬ」

「なんでだろうね。顔が良いからかな? 」

「仮面ではありませんか」

「いやなに、天気が気になって空を見上げるのと同じさ。あの人を撃てばどうなるんだろう、こう動いたら世間はどんな反応をするんだろうって。

 僕たちの行動が世界史にどう残るのか。何万人もの人を殺せば、本当に人は悪人から英雄になるのか。それを実現するのはどんな人たちなのか。

 皆気になってたけど、一番に実行に移したのが僕だったって話」

「埴殿は好奇心をかき立てる才能がお有りだ。民草たみくさを動かすには、好奇心をくすぐるのが一番」

「こんな機会、後にも先にも無いよ。絶対モノにしよう」

「御意」

「モチロンです」





―― 次回へ続く。

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