FILE:3-1 ―― 縣 左門との出会い①
――二人と一匹は、電力の生きていたエレベーターに揺られる。
「仲間がいるって話だったよな。生きてるのか? 」
「一人は絶対生きてる。それ以外は分からない」
「親父か? 」
「違う。まぁ、親父も生きてるんだろうけど。その一人はウチのエースだよ」
「どんな奴だ? 」
「女の人。髪はシルバーで身長は百七〇ぐらい」
「女ヤクザか」
「そう。ヤクザより怖いよ」
最上階に到着する。
「このオフィスが事務所さ」
先にコウジが車椅子で出ると、アドニスと鷹邑が続く。
「思ったより、その、会社っぽいんだな」
「大層な城を構えると古い連中がいい顔をしないって、親父は言ってたよ」
「そういうもんか」
オフィスの電気を点けると、書類や機器の乱れた様子はあったものの、血痕はなく、死臭もしなかった。
「戦闘があった痕跡はなさそうか」
「敵も入ってないみたいね」
コウジは、かつて父の持ち物だったドスをアドニスに嗅がせ、警察犬の実力を試す。
「どうかな」
「ふぅン」
アドニスは自信なさげに俯くと、しばしオフィスを勝手にうろついた。
鷹邑はデスクなどをバリケード代わりにエレベーターの入り口に置くと、広くなった床にベルトを外して寝転がった。
「ま。続きは明日の朝でも考えようぜ。お前も痛むだろ。脚」
「うん。そうだね」
コウジは車椅子からゆっくり降りてフロアに横になると、傍にアドニスも寄り添った。
コウジとアドニスはオフィスの奥にある窓際のデスクの裏に眠った。鷹邑はエレベーターから数メートル離れた床に大の字になっている。
―― 草木も眠る丑三つ時。
鷹邑の頭頂部に、バリケードにしていたはずのパイプ椅子の一つが音を立てて転がってきた。
「(敵か)」
寝ぼけ眼で見たところ、まだバリケードのデスクは数脚残っていた。すぐに突破されることはない。ゾンビなら尚更。
「(組の人間か。説得すれば済むか? )」
デスクに置いた拳銃のセーフティを外し、腰に差し込む。
二人を起こすか迷ったが、音を察するに相手は一人。会話や呻き声もない。人間だ。
心拍が打って三度目、そのバリケードは一斉に瓦解した。蹴破られたようだ。
「おうおう、大層な」
鷹邑は、相手が会話の余地のないタイプだと踏んだ。
女がエレベーターの淡い明かりからユラりと現れる。逆光の中で女は言った。
「誰がいる」
刺すような声だった。
髪はシルバーのポニーテール。淡い光に彼女の青い両眼が落ち窪んで見える。年齢は二十代だろうが、黒いトレンチコートの羽織り方が軍の将校すら彷彿とさせる。
女はもう一歩オフィスに踏み込み、温度の無い声で告げる。
「名乗れ」
鷹邑は肺が冷えた。返事が凍って喉から出なかった。こんな緊張は、キックボクシングの試合ですら味わったことがない。
それでも、鷹邑は意を決した。
「パンプスの爪先までお似合いだよ女ヤクザ。俺は鷹邑一喜。元キックボクサー」
鷹邑は、自身がキックボクサーであることを明かした。培われたスポーツマンシップが、目の前の相手と必ず始まるであろう戦闘を、少しでもフェアなものにしようとしていた。
「ほら。お前も名乗れよ」
女は沈黙している。トレンチコートを脱ぎながら、二歩、三歩と詰めてくる。
「名乗れって」
―― 突如とした静かなる会敵。次回へ続く。
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