FILE:11-6 ―― 死線

 駆けつけた二頭の勇馬とアドニス。第二ラウンドは異種格闘技戦へ。

 二頭はどちらとも、ツヤのある黒鹿毛くろかげだった。全身から脂肪が削ぎ落とされ、筋肉が光を帯びている。

「お前ら競走馬か」

 ただの馬が、一度助けたぐらいの人間を仲間と認識するわけがない。それに、この脚の速さは並の馬じゃない。良い厩務員に長く馴致された、ベテランの競走馬なのだろう。

「アドニス。お前も死ぬんじゃねえぞ」

「バウッ」

 アドニスはかなり低い位置から攻撃できる。敵の腕のリーチにかかることは無いと言っていい。

 馬二頭はゆっくりと、アビスを囲むように左右に回る。威嚇するように鼻を鳴らし、荒い息で敵意を見せつけた。

「(この戦いのキーは俺じゃなく、間違いなくこの二頭。馬の噛む力も蹴る力も、人間よりも、犬よりも格段に強い。なら俺とアドニスで隙を作って、絶対に二頭には手を出させない)」

 アビスの背中の両腕は、左右に分かれて馬の一頭ずつと対峙する。残った腕は、鷹邑に対して構えられた。

「俺に二本も向けていいのか? 脳味噌スカンピン野郎」

「スカんぷ、プンプ? 」アビスは口角を上げる。

「何言ってっか分かんねえんだ――よッ! 」

「ワウッ! 」

 鷹邑の右ミドルキック先制。アドニスが走る。

 アビスは左腕の尺骨でキックを受ける。小枝を折った音に続き、アドニスはアビスの脛を犬歯で抉り立てる。

 痛みはなくとも小ざかしいのか、アビスは脚を蹴るように振り、アドニスもその勢いで宙へ。羽が生えたように柔らかく着地した。

「分かったぜ。テメェ骨治すのに時間かかってんだろ。さっきの首も、その腕も、まったく不自由そうじゃねえか。ハねられたのも痛かったなァ? 」

「スカんぷ、プンプ! 」

 鷹邑は次の一手を考える。

「(敵は確実に傷んでる。だが決め手に欠ける)」

 時折、左右から馬が詰めるも、剛腕で牽制されると、たちまち距離をとってしまう。しかしそのアビスの行動から、鷹邑はあることを悟った。

「なるほど、お前、馬怖がってんだな? 俺が近づこうがそんな威嚇しなかったろうが。おいおいおい」

 その事実に気がついた途端、鷹邑は一気に気が楽になった。なんだ、所詮相手も生き物だったわけだ。

「不利かと思ってたが、んなこたねぇ。始めから俺たちが袋叩きしてたわけだ。すまん、すまん」

 スポーツマンにあるまじき嘲笑。相手は確かにゾンビだが、ここまでコケにしていいものか。

「万事休すってことだなァ。じゃあ、もしあのままコウジたちが消えてなかったら、お前今ごろ―― 」

「―― ビヒッ゙」


「あ? 」


 鷹邑はその事実を受け入れるために、戦闘の最中でありながら五秒を要した。

 六秒後、彼は正面からあばらに拳を入れられ、しばらくの間、浮遊しながら空を眺めた。死にはしないことが、辛うじて分かっていた。


「……もう……一体? 」


 殴り飛ばされる前。もう一体のアビスが、馬をクッションにして着地したのが見えた。間違いなく四本腕、同じ形状。動揺を抑えられなかった。

 アドニスの鳴き声が遠ざかる。馬はあと一頭になった。敵はどこに。

 暗くなる視界と、僅かな意識で考えたが、どうにもならないことだけが分かって、どうにもならなかった。

「おウおウおウ」「おウおウおウ」

 二体のアビスは呼応する。生き残った馬とアドニスは鷹邑を庇うように立ち塞がったが、当然、そんなことで戦況は覆らない。

 仰向けになったままの吐血。

「(自分の血で窒息……か)」

二匹の動物は処置の術を知らない。他に誰の気配もない。

 仰向けの鷹邑の視界には、雲の間を縫うように飛ぶ、黒い点が見えた。

 プロペラの旋回音がする。

「(ドクターヘリじゃ、なさそうだ)」

 アビスも、馬も、アドニスも、どんどん高度を下げてくるヘリコプターを見上げた。

 十分に高度を下げ、宙で静止したヘリから、鷹邑の側にワイヤーが降りる。ヘリの風圧で馬の鬣がなびく。

 それから、フルアーマーの兵が五名連続して降りてくると、彼らは、鷹邑とアビスの間に並んで配置した。合計五人の隊員。その背中には。

、現着。目標二体と接敵」

〝接敵了解。判断は一任する〟

「了解」

 隊長と思しき中心の男はインカムの通信を切ると、鷹邑をゴーグル越しに一瞥してから、ライフルを構えてアビスに向き直る。

「総員、民間人を護衛しつつ、アビス二体を撃破せよ」

「了解」

 四人の隊員も、口を揃えて応答した。


 増援に現れた日本警察最高戦力。

 希望の第三ラウンドへ、ゴング。

 



 次回へ続く。

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