FILE:8-3 ―― これからの話をしよう③
声明動画は選挙放送を真似ていた。台やマイク、手話やネームボードまで皮肉っぽく再現されている。
画面中央のスーツ姿の男は仮面を着けていた。赤子の笑顔の写真を現像し、雑に切り抜いたものだった。
再生と同時に、抑揚のない声で話が始まる。
「皆様、ご機嫌よう。初めてのアンモラルの動画になるから、ちゃんと自己紹介をしておくよ。
僕はアンモラルのリーダー
自らの仮面を指差す。
「この子の名前も埴。名前が付けられる前に奪って、僕と同じ名前を付けたよ。早い者勝ちだね」
後ろでは、表情を失った女性手話通訳が、必死に手を動かしている。
「僕たちが普段、何をしているかを紹介するよ。
僕たちはよく、クレーンの遠心力を使って人を遠くまで投げたり、大仏様の中をくり抜いて内側に家具を持ち込んで暮らしたり、湖に毒をまいてから、浮かんできた魚の数を数えて、生態系を調査したりしている」
手話の女性は時々怪訝な顔をするも、カメラの向こうの何かに怯え、手話を再開する。
「今回は、ガソリンを使っておっきな火文字を書いたんだ。✖市は、ほら、昔戦争があったよね。だから、『戦』って字を、街を使って、めいっぱいに書いておいたよ」
埴は、言い終わるとおもむろに仮面を剥がす。
すると、下には別の子どもの仮面があった。表情は笑っていて、五歳ぐらいの女の子だった。
「とりあえず、やりたいことは沢山あるからね。
富士山も噴火させたいし、琵琶湖も堰き止めてみたいし、ゾンビを何万体も集めて警察と戦わせたいし、自衛隊の駐屯地に爆撃ドローンを突っ込ませたいし、それからそれから、ヤクザとマフィアを戦わせたらどっちが強いのか見たいし、あぁもう、言いきれない」
埴は喋れば喋るほどヒートアップしていく。
「そうだ、これを観てアンモラルに興味を持った方はぜひ、自分がやりたかったことを行動に移してみてください。好奇心は猫をも殺すと言いますが、今この国では、好奇心で何を殺しても許されます。では、さようなら」
動画が終わる。
一番に口を開いたのはシャビだった。
「これが人災ってヤツ? 」
「文字通り、そうね」霧雨が仮面を浮かせ、仮面の中を手で扇ぐ。
フロアには、次々と怯える感想が走った。誰もが、今の連中がこの街に迫っている事実に恐怖した。
「そういえば、コウジとか他の組員は? 」鷹邑が聞く。
「出払ってる」霧雨が一蹴。
「……そうか」
――夜になり、何人かが眠り始めた頃。
アドニスが、最初にその音と臭いを察知した。鷹邑もそれを受けて立ち上がる。
「敵か」
エレベーターの駆動音。
馳芝や荷稲、シャビ、霧雨も、デスクの陰などに潜んで待ち構える。
全員、警戒を緩めなかった。牙を向くこともせず悠長に口角を上げたアドニスを除いて。
扉が開いて薄い照明が差し込むと、先に出てきたのは左門だった。相変わらずのトレンチコートに、洞窟の入り口のような鬱とした目をしている。
その左門に先導されて来たのは、
獅子を彷彿とさせる金髪にサングラス、二メートル近くの身長に、トラックともがっぷり四つで組めるであろう肩幅、はち切れんばかりのサイズ感の黒いスーツ。その上から返り血まみれの黒いロングコートが羽織られ、口元には葉巻を寄せている。葉巻と逆の手はポケットに含まれていた。
その威厳に満ちた男が、見た目に全く反しない声を発する。
「ポリ公がいるな」
「処理しますか」
「構わん」
男はホワイトボードをゆっくりと退け、最奥のデスクに腰を下ろす。
「全員訊け」
子どもを除いて、寝ていた筈の人間たちまで立ち上がり、目を見開いて男を見つめる。
鷹邑だけが、まだ座ってアドニスを撫でている。アドニスも平然とした様子だ。
「伊形
全員が頭を下げた。その拍子に、何人かの額から汗が滴って、床を濡らした。
「アンモラルを撃滅する」
鉞はサングラスを外した。
「左門、鷹邑、コー君の三人はチームになって、アンモラル戦の中枢を担ってもらう」
―― 次回へ続く。
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